黎明より
朝日が部屋に差し込んでくる。
空から小鳥たちの鳴き声も聞こえてきた。
目を閉じている状態でも、眩しいと感じた。
僕は光から逃げるように寝返りを打とうとして、何かに額をぶつけた。
「あいて、なんだ……?」
目を開けてみると、目の前にはエリーゼの小さな顔があった。
安らかそうな寝顔だった。寝息もまた可愛らしい。
もう少し顔を近づけると間違ってキスしてしまいそうな距離だ。
ぶつかってしまったのに、まったく起きそうな気配が無い。
僕は内心ドキッとしながらも、冷静に対処するために身体を起こした。
時計を見ると、いつもどおりの起床時間だった。
とりあえず僕は、
「起きて、朝だよ。エリーゼ」
彼女の額に、軽くデコピンをした。
「ふみゅっ!? な、なにごとだっ!」
飛び起きるエリーゼ。かなり驚いているようだ。
「そろそろ起きないと用意ができないよ」
「ゆ、優介……痛いのだ……」
微妙に涙目になりながらエリーゼは訴えてくる。
あれ? おでこがぶつかっても起きなかったのに。
軽くやったつもりだったんだけど…?
「あれが軽くというなら、おぬしはもうデコピン禁止っ!」
「ごめんごめん。今度は気をつけるよ」
「今度があるというのか……!?」
子犬のようにプルプルと震えている。次は手加減してあげよう。
そんなことを思っていると、エリーゼが何かに気付いたように僕の頬を見ていた。
そこには少し大きめの絆創膏が貼ってある。昨夜の名誉の負傷だ。
「ああ、怪我なら大丈夫。一応貼ってるだけだよ」
「……昨日は言いそびれてしまったが、優介。……ありがとう」
エリーゼが慈しむように絆創膏の上から僕の頬を撫でる。
その動作にちょっと気恥ずかしさを覚えてしまった。
「さ、下に行ってご飯食べよっ?」
感情を悟られないように僕は話を逸らす。
「むぅ。分かったぞ」
僕とエリーゼはパジャマ姿のままリビングへと下りていく。ちなみにエリーゼが着ている服は紗織のお下がりだ。サイズがぴったりだったので、古着を貸しているのだ。
リビングに下りるとキッチンから漂ってくるいい匂いを感じ取れた。
包丁で野菜を刻む規則的な音も聞こえてくる。
テーブルには既に紗織が頬杖をついて座っていた。
何だか不機嫌そうに見える。
「おはよ、紗織。なんか元気ないね?」
「…ゆう兄、おはよう」
紗織はため息をついて、キッチンに立っているラウラさんを指差す。
「あの人に仕事とられちゃって、ちょっと憂鬱気味って感じ」
「ああ、なるほどね」
お世辞にも料理が上手いとは言えない紗織だが、それでも作ろうとするほど頑張り屋でもあるのだ。
そのやる気が、そのまま味に変換されてくれればいいんだけど。
「おはようございます、ラウラさん」
「おはよう少年。姫もお目覚めですか。いま全員分の朝食を用意しているところですので」
「すまんなラウラ」
さすがメイドさん。メイド服は着てないが、何でも出来るのに変わりは無いようだ。
今度買って、着てもらおうかな、メイド服。
「ゆう兄、顔がにやついてるよ」
「はっ…! なんでもないよっ」
意外と似合いそうな姿を想像して、つい……
料理が出来たようで、ラウラさんも食卓についた。
ハムの乗ったトーストに、サラダとスクランブルエッグ。
洋風の朝ごはんだ。普段は和食だから、僕ら兄妹には物珍しかった。
ラウラさんはというと、大量のマヨを現在進行形でぶっかけている。
ほぼ一本丸ごと皿の上にぶちまけると、さらに懐からもう一本のマヨネーズを取り出したので、さすがに引き止めた。これ以上は色々なものに優しくない料理になってしまう。
「ラウラのマヨ好きは相変わらずだのぅ~。ちょっと引くぞ」
「お褒めに預かり光栄です、姫」
褒めてない、今のは褒めてない。
味は至って普通に美味しく、ラウラさんのマヨ皿を除けば良い朝食だった。
「何でそんなにマヨ好きなんですかぁ、カロリーとかやばくない?」
紗織が一般人なら誰でも疑問に思うことを問う。
ラウラさんはけろりとそれに答えて見せる。
「若いうちに栄養を取っておかないと、育つものも育ちませんよ」
エリーゼと紗織を交互に見つつマヨトーストを口に運んでいる。
「……ラウラ、いま我のどこを見て言った……?」
「失敬ね、あたしはそこそこあるもんっ。この貧乳吸血鬼と違ってっ!」
「おぬしこのやろうっ!!」
取っ組み合いの喧嘩を始める二人。
この二人は落ち着いて食事も出来んのか。というか、騒ぎの種を蒔いた張本人は優雅にコーヒーなんか飲んじゃってるし! しかもやっぱり一番大きいのはラウラさんだし!
あー、ここは兄として長男として、この場をまとめないといけないんだろうな。
大きく深呼吸をして、一喝。
「静かにしなさぁーーーー一い!!」
今日も、榊原家は平和だった。