そんな夜の、ハナシ
ひとまず肩の力が抜けた僕は、その場に崩れ落ちてしまった。
「……ははっ。助かった、の……?」
「どうやらそのようだ」
ラウラさんが僕の肩に手を置いた。
「二人とも、姫をかばってくれて、ありがとう」
紗織は紗織で、「死ぬかと思った……」などと呟いている。
何はともあれ、僕たちは危機を脱出したのだ。
吸血鬼が気を変えなければ、恐らく僕らは……
「あやつは一体どうして吸血姫を狩っておるのか…」
「依然として、謎のままですね」
「結局、我らは見逃されたということか」
「そうなります」
「……むぅ。納得いかぬ」
エリーゼとラウラさんは状況を確認し合っていた。
「ゆう兄ぃーーっ、怖かったよぅ~~~~!」
紗織も緊張が解けたのか途端に泣き出し、僕にしがみついてきた。
少しの間放心していた僕はそれで気を取り戻し、紗織を慰めるように頭を撫でてあげた。
「……大丈夫、もう大丈夫だよ」
「ゆう兄ぃ…ちょっとだけ、このままでいさせて……」
紗織の身体は、震えていた。死の恐怖に直に晒されたら、誰だってこうなるだろう。
僕は紗織が落ち着くまでのしばらくの間、そのままでいた。
「ねえ、エリーゼ。これからどうするんだ?」
皆が落ち着いてきた頃に僕は訊ねた。
「うぅむ、困ったのだ。屋敷の場所がやつに知れている以上、ここは安全とは言えない」
「むしろ、あの男の思う壺ですね」
ラウラさんが付け足す。僕も同感だった。
しかしそうなると、エリーゼはラウラさんのマンションに住むのだろうか。
「ラウラ、共に優介の家に行くぞ!」
「何でだよっ!?」
至極当たり前のように言われたため、面食らってしまった。
「僕たち一般人といると、危険が及ぶって話じゃなかったのっ!?」
「むぅ。だがさっきは優介たちがいたから助かったのだ。つまりは、一緒にいた方がやつらも手を出しづらい理由があるのではないか?」
「なるほど、そうかもしれませんね」
「たまたまだろっ! そんな都合よく……」
気が付くと、二人は僕を凝視していた。
僕を非難するかのような目で見ている。なんだろうこの空気……
「私の家は貸家だし、風呂も無い。便利さで言えば、君の家のほうが都合がいい」
「そんなこと言われても」
「さあ、どうするのだっ」
刺すような視線。僕はその重圧に耐えられず、紗織に助けを求めた。
「ど、どうする? 紗織……」
紗織は呆れたようにため息をつき、一言だけ言った。
「ゆう兄の好きにすれば?」
もう諦めたと言わんばかりのその態度に、僕の中で何かがぷつりと切れた。
ええい、どうにでもなれっ!
「分かったよっ! 二人まとめて預かってやるぅーーーっ!!」
叫んだ。叫んだともさ。
「やったぞラウラっ! 優介の許可が出たっ!」
「ええ、やりましたね姫」
華麗なハイタッチを決める二人。
「それでは、早速向かうとしましょう」
「そうだな、我はお腹ペコペコだぞっ」
「台所を借りて何か作りますよ」
「おぉ、やったー!」
「あ、ちょっと待ってよ。あたしがもう作ったんだけど」
「消し炭を?」
「こらーーーーーっ!!」
ワイワイと騒ぎながら家に向かう三人を見ていると、さっきまで命の危機にあったことを忘れてしまいそうだった。というか、パワフルすぎるよね、彼女ら。
「はぁ……父さんと母さんが帰ってきたらなんて説明すればいいんだ……」
僕もこの先の不安で頭が一杯になってしまうのだった。
優介たちが屋敷の前から去った頃、吸血鬼は携帯電話で誰かに連絡していた。
彼は遠くに消えたかのように見えたが、実は屋敷の裏側に降りただけだったのだ。
「……おう、もう警戒を解いていいぞ、飛鳥」
電話の相手は、彼と共に行動しているもう一人の狩人だ。
「ん、もちろんこの屋敷は俺たちの拠点として使わせてもらうぜ。予定通りな」
吸血鬼が屋敷の前で標的を仕留め損なった場合、屋敷の中で待ち伏せているもう一人が不意打ちし、確実に狩る。そういう算段だった。
「今から中に入る。作戦の立て直しだ」
電話を終えると彼は屋敷の屋根を飛び越え、入り口のある屋敷の前側へと降り立った。
そこにはもう誰もいない。彼が仕留めるはずだった獲物は一人も。
「長老の話もあながち間違ってねえとは思うが、例外もいるってこったぁ」
彼の脳裏に、必死にある吸血姫を守ろうとする一人の少年の姿が浮かび上がる。
実に興味深いと、吸血鬼は思った。
「ユウスケ、とか呼ばれてたな。あの姫が守られるに相応しい存在か、観察するのも悪くない」
狩りよりも楽しめそうだ。
そう呟いて、吸血鬼は屋敷の中へと消えていった。