返してもらおうか!
一方その頃、エリーゼは一人で優介の家に帰り着いていた。
「ただいま~なのだ」
「おかえり~って、ゆう兄は?」
エプロン姿の紗織が奥から出てくる。エリーゼは直感で危険を察知した。
「すぐ戻ると言っていたぞ」(もう作っておるのか……?)
「ふぅん」と紗織は興が醒めたようにため息を吐いて台所に戻ろうとする。
「ま、待て。料理なら優介が帰ったらやると言っておったぞ」
エリーゼは何とか阻止しようとしたが、紗織は事も無げに「もう盛り付けるとこだから、へーき」とそれを一蹴してしまった。
「ああ、すまぬ優介よ……魔のレシピは完成してしまったようだ……」
紗織が聞いたら問答無用で殴りかかってくるに違いない。
エリーゼは優介の部屋で気ままにゴロゴロしていた。
わずかに顔を撫でる涼風が心地よい。
その日は蒸し暑かったため、窓を少し開けていたのだ。
結果的に、それが彼女に優介がさらわれた事実を教えることとなる。
「この漫画おもしろいの~」
優介のベッドの上でだらだらと漫画を読みふけるエリーゼは、何かの音を聴いた。
「……この音は、風を切る音か。こちらにやってくる……?」
刹那、ベッドの横の壁に目に見えない速さで何かが突き刺さる。
よく見るとそれは、紙を巻きつけられた矢だった。
「物騒なものだ。危ないではないか」
エリーゼは壁から矢を引っこ抜き、巻かれていた紙を取った。
「どれどれ、何者がこんなまねを……む」
そこに書かれていたものを見て、エリーゼの顔色が変わった。
紙を破れそうな勢いで握り、立ち上がる。
「………見つかってしまったか、あやつに」
そろそろ潮時かも知れんな、あやつと決着をつけるのは。
そう呟いて、エリーゼは一階にいる紗織のもとへ向かった。
「……ん」
僕が目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋だった。
広さはワンルームマンションのそれと同じくらいだろうか。
僕はベッドの上端の柱に、逃げられないように紐で縛られた手を繋がれていた。
全体的に簡素な造りとなっている。あるのはベッドとテーブルとキッチンくらいだ。
キッチンでは知らない女の人が料理をしていた。何を作っているかは分からない。
女の人はエリーゼのような金髪を短く切り揃えていたため、おそらく外国人だろう。
「お、目覚めたか。少年」
こちらに向いたとき、鋭い眼差しが少しだけ和らいだ気がした。
「あ、あの……ここはどこですか? あなたは?」
「私は……いや、エリーゼ姫の関係者、とだけ言っておこう。ここは君の家から近い距離にあるマンションの一室だ。急遽手配してな」
こちらの質問には可能な限り答えてくれそうだ。
「僕、なんでさらわれたんでしょう?」
間抜けな質問だと思ったが、実際そうだから仕方がない。
「君を囮にして、姫を捕まえるためだ。それまではすまないが大人しくしてもらいたい」
「捕まえる? エリーゼをですか、なんで……?」
「よく逃げるのさ、私から」
「……?」
結局よく分からなかったが、なぜかこの人を悪い人とは思えなかった。
「ところで、なぜ君は女の子の格好をしていたんだい?」
急に不意打ちを食らってしまう。
「あ、えとそれは不可抗力と言いますか……」
顔が赤く茹で上がっていくのが自分でも分かる。
「よく似合っていたから、最初は気付かなかったよ。下を見て驚いた」
「み、見たんですかっ!?」
ただいま絶賛ベッドの上で身動き不可能なため、スカートを押さえようとしてもできない。
エリーゼの関係者と名乗る女性は、テーブルに缶ビールと炒飯を置き、クッションを敷いて床に座った。テーブルにはマヨネーズのボトルが置いてある。
「まあ、運ぶときに少しな。なかなか可愛かったよ」
「なにが可愛かったんですかっ!」
「うん? そこは想像に任せるよ」
炒飯にマヨネーズをこんもりとかけながら言われた。え? 炒飯にマヨネーズ!?
「な、なんでマヨネーズをかけるんですか。マヨラーかっ!?」
「だって……おいしいじゃないか」
「…………(絶句)」
そんな照れた顔で言われても困る。もう、何も言うことはなかった。
「君も食べるか? うまさは保証する」
「い、いりません。そんなマヨのかけすぎでシチューみたいになってる炒飯……」
「そう言わずに、ほら。口を開けてみろ」
仰向けのうえベッドに手が繋がれているので、自分では食べられないのだ。
マヨ乗せ炒飯をすくったスプーンをこちらに近づけてくる。
食べないと、駄目なんだろうなぁ……
「あ、あ~ん……」
覚悟を決めた僕は口を開け、スプーンを入れてもらう。
口の中に広がる濃厚で油分たっぷりのこの味は、紛れもない。
マヨです、マヨの味しかしません。
その声が発せられることはなかった。
さらわれてしばらく、途中女の人が弓を持って外に出たりしていたが、特に何も事態の進展はなく、時間だけが無情にも過ぎていった。
もしこのまま帰れなかったら、明日の学校どうしようとか考えるようにもなった。我ながらのんきなものだ。
そんな時だった。
突然ドアが勢いよく蹴破られ、見知った人物が目の前に現れたのだ。
言わずもがな、金色の吸血姫、エリーゼだ。
相も変わらず威風堂々と玄関に突っ立っている。
その後ろにはなぜかお玉を持った紗織もいるようだ。
「エリーゼーっ、紗織ーっ」
僕は二人が助けに来てくれたことにちょっと感動した。
女の人も目的のエリーゼの姿を見て気を引き締めているようだ。
「やっと来てくれましたね、姫……」
対してエリーゼは臆することなく宣言した。
「優介を返してもらうぞ、ラウラっ!」