闇にまぎれて
教室に戻った僕を待っていたのは、クラスメイトたちの妙に熱い視線だった。
まあ、当然だろう。なんせ今着ているのは女子用の制服なのだから。
「え、えー、ごほっ。榊原、何があった」
先生が扱いに困った様子で訊ねてくる。
「……これしかないと言われました。着ないと帰さない、とも」
「せ、先生が言ったのか?」
「あ、でもスコットランドの方とかだと男でもスカート穿くんですよ。大丈夫、僕はまだ変態じゃない………フフフフ………」
なんか壊れた笑いが自然に出てくる。もうやけくそだった。
「お、落ち着け。後で先生には俺が言っとくから、お前はもう座りなさい」
そう言われて自分の席に着くと、周りからひそひそと何かを言われている気がして落ち着かなかった。
馬鹿にされてるのかな。男のくせにキモい、とか………
ああ、やっぱり先生をはっ倒してでも逃げればよかった。
だが、実際は。
「な、なあ。あれ似合いすぎじゃね?」「お前も思ったか。あれが男の娘ってやつか?」「いや、アレは女装少年といってだな……」「なんでそんなに詳しいんだよっ!?」
といったような間抜けな会話が男子の間で。
「可愛い……次の薄い本はアレで決まりね!」「薄い本ってなによ?」「よい子の夢がたっぷりと詰まった薄いのに濃厚な……BoyなLove!」「は?」
といったような一部の腐った会話が女子の間で繰り広げられていた。
意外や意外、寛容なクラスだった(しかも似合っていた)ため、受け入れられたのだった。
授業が始まりそれぞれの担当の先生が来ると、僕も何か言われるんじゃないかとはらはらしたが、結局何も言われることはなかった。
ちょっとボケている老いた先生なんかは、「ぬう? 君は女の子だったっけ?」とか言ってきた。
すさまじい勢いで僕の男としてのプライドが崩れ去っていく気がした。
ついでに言っておくと、こんな事態にした張本人のエリーゼは、一日中僕の方を見ては笑いをこらえていた。
「よ、よく似合っておるぞ……クク……こうなるなら朝着ててもよかったのお」
すっごいむかつくのですが。
このははと言うと、一回この姿の僕を見たことがあるから衝撃は少なかったようだけど、やっぱりどこかそわそわしていた。
「ゆ、ゆうすけ~。下、どうなってんの?」
ものすごくわくわくしている顔だ。一歩間違えたら服をひん剥かれるかもしれない。
このはは微妙に熱っぽい顔をしながら僕に接近してくる。
「いや、見せないからね」
「ええー、いいじゃない。ちょっとくらい」
「ちょっとじゃ済まないから」
「ちぇっ」
舌打ちされても見せないものは見せない。
そんなこんなで、僕の慌しい一日は放課後を迎えるのだった。
「ゆうすけ、私今日は買い物があるから、先に帰るね~」
「うん。また明日、このは」
「じゃあねー」
このはが先に帰ると、今度はエリーゼが寄ってきた。
「さあ、帰るぞ。優介よ」
「そうだね、今日からは一緒なんだもんね」
「うむっ! 誇りに思ってよいぞ!」
「あはは………」
苦笑いだった。今までは特に話しかけたりしたわけでもなく、人気者の彼女を遠くから眺めているだけだった。恋愛感情とも違うし、でもなんとなく気になる存在だったのだ。
そんな彼女と、今は肩を並べて一緒に帰ることができる。
帰り道で他愛もない話をしながら、寄り道をしたりできるんだ。
この時間が永遠に続くかのような、錯覚がした。
空はもう薄暗い藍色に変わりつつあった。
商店街に気まぐれに立ち寄ると、ショーウインドウを見てある重大な失敗に気付いた。
鏡に写った僕は、まだスカートを穿いていたのだ。
「着替えてくるの忘れてたーっ!」
「なんだ、あえて着ていたのだと思ったぞ?」
「そんなわけないよ! ……ごめんエリーゼ、道分かる? 遅くなるから先に帰ってて」
「むぅ? 分かるが、我も行ってもよいのだぞ?」
「エリーゼは何をしでかすか分かんないから、ダメ」
エリーゼは不満そうに頬を膨らませる。あ、リスみたいで可愛い。
「……じゃなかった。とにかく、先に帰っててね。あと、紗織がご飯作らないように見張ってて!」
「変な頼みだが、よいぞ。我が引き受けた」
「頼んだよ~」
紗織の料理だけは何とか阻止してもらおう。
そこでそのままエリーゼと別れ、僕は再び学校へと向かいだした。
その後に何者かが気配を消しながら尾行していることに、僕はその事態が起こるまで気付けなかった。
人気の少ない道を歩いていた時だった。
突然背後から身動きを封じられ、路地裏へと引きずり込まれてしまう。
「な、なんだっ!? むぐっ………!!」
抵抗し声を上げようとするも、口元を布か何かで押さえられ、声が出ない。
「静かに。大人しくしていれば君に危害は加えない」
女性の冷静な声だった。声を聞く限りでは僕よりも大人だ。
急な事態に頭が混乱して上手く判断ができない。
「むうぅ~~~」
「すまないな、君はたまたま運が悪かったと思ってくれ」
この人が何を言っているのかよく分からない。何だか頭がぼんやりとしてきた。
「君には、姫を誘い出す人質になってもらう」
口元を押さえる布に薬でも塗ってあったのだろうか。
段々と僕の意識は霞み、やがて眠りの底へと落ちた。