エピソード9 裏サイト
Episode9
登場人物
加地 伊織:主人公
秋葉 浩一:死神の使い
木下 兆次:不良グループのメンバ
池内 瑠奈:綺麗なお姉さん
昨夜の騒動の後、半裸状態の二人は碧の家を警護していた警察に救助されて事なきを得た。
結局、碧は何の襲撃も受けず無事だったらしく。(勿論自分は確かめにいけなかった。) 自分にとって見れば骨折り損? だった訳だが、だとするとあのゴスロリ少女ともう一人の痴女は、一体何の為にあんな場所に居たのだろうか? 幽霊猫は行動不能に陥っていた様だったが、幽霊猿の方は健在で、見る限り瑠奈の幽霊鳥を圧倒していた筈だった。 彼女達の目的と行動の意味が今ひとつ理解できない。
伊織:「でも、まっ、良いか。」
火急の懸案は、学校生活における村八分状態をどうするか、だった。 周りから無視されるだけなら未だ良いのだが、最近では、知らない内に自分の持ち物が少しずつ紛失するという事件に発展していた。 現国の教科書が理科準備室に放置されていたり、といった具合である。 しかもそれは、どうやら自分の除くクラス全員でゲームの様に行われているらしく、時折聞こえてくるひそひそ声がかなり痛々しい。 幸か不幸かこういった事態に耐性のある自分にはそれ程のストレスではなかったが、それでもいちいち無くなったものを探しに行かないといけないのは面倒だった。
そして事態は、更に次の段階に進んだらしい。
その日の昼休み、D組の秋葉が近づいてきた。 彼は一部の生徒から「死神」と言われている。 不良グループの使いっ走りで、たいてい不良グループからの呼び出しは、D組の秋葉が伝えに来るからだ。
伊織:とうとう来たか。
秋葉:「加地、ちょっとついて来いよ、木下さんが呼んでる。」
実際のところ、秋葉はそれ程喧嘩が強いとか言う訳ではないらしい。 一方で木下は不良グループのナンバー2と恐れられていて、逆らうとかなり痛い目に合わされるという噂である。 しかし、たとえ木下であろうと、三船や、あの十字架ピアス男のでたらめな強さに比べれば、ただの一般人に過ぎない。 それに最近 三船との拳法の練習で何回か拳を打ち込まれたりしているお陰で、殴られる事に対して以前ほど恐怖を感じなくなっていた。
秋葉につれられて教室をでる。 クラス全員から、哀れみだか、ざまあ見ろ、だか分からない密かな視線が注がれていた。
意外な事に、たどり着いた部活棟の一室で自分を待っていたのは、木下一人だけだった。
木下:「今、お前の身に何が起こっているか教えてやる。」
木下は、秋葉を部室から出て行かせ、二人きりになった事を確認した後、ゆっくりと話し出した。
悪意の数だけ学校裏サイトがある。 そんなサイトの一つにある投稿があった。
投稿1:「加地 伊織を狙っている他校の不良グループがいる。 うちの高校の学生を捕まえては加地を知っているかと問い、知っていると答えると暴力を加えて、詳しく教えろと脅してくる。 これまでに既に数名が被害にあっている。」
投稿2:「加地にはかかわらない方が良い。」
木下:「勿論、隼人さんがこんな事を許す訳が無い。 あの人は苛めには厳しいからな。」
意外だった。 小学校の頃 自分を苛めた首謀者は、隼人だったじゃないか。
木下:「噂の出所から、実際に被害に合った奴を探し出して、問題のグループっていうのが コロウ とか言う事を突き止めた。 それで、隼人さんと中川と古瀬の三人で、コロウのアジトだって言う町工場跡に殴りこんだ。」
それで、隼人は返り討ちに合い、大怪我を負って入院する羽目になったらしい。
この噂は、瞬く間に 学校裏サイトに広まった。 やがて、裏サイトに別の投稿が出てきた。
投稿3:「加地 伊織はターゲットになっている。 携帯で指令が回ってくる。 指令が回ってきたら直ぐに知り合いに回さないといけない。 指令には忠実に従わなければならない。 この事は絶対に加地には知られてはならない。 指令に従わなかった者は掲示板に晒されて、次のターゲットにされる。」
加地に対する黒い噂が加速していく。
投稿4:「大体 最近いい気になりすぎなんだよ。」
投稿5:「こっちはいい迷惑だよ、」
投稿6:「これまでは古城がいたからあいつは被害にあわずにすんでいた。 不公平だ。」
投稿7:「あの古城ですらかなわなかった。 絶対に指令に逆らっちゃ駄目だ。」
伊織:「…どうして、僕に、教えてくれたの?」
木下は、何だか不良だとは思えない様な表情で自分を見ていた。 自分自身、こんなに真正面に人の顔を見たのは久しぶりな気がする。
木下:「こんな事が起きたら、真っ先に疑われるのは俺達だ。」
木下:「隼人さんに相談したら、お前に全部話せって、それで、お前の力になってやってくれって頼まれた。」
木下:「言っとくが、あいつらは滅茶苦茶だ、中川と古瀬の見ている前で、ボコボコにされて動けなくなった隼人さんを押さえつけて、両脚をバットでへし折った。 ナカナカ折れないからって何度も何度も叩いて、すねの肉はぐちゃぐちゃに潰されて骨がむき出しになってたらしい。」
伊織:そんなに酷い事に?
木下:「中川も古瀬も、今も怖くて家から出られないでいる。 他の皆も、奴らには逆らわない方が良いって言ってる。」
木下:「でも、中には、奴らに良い様にされて黙ってられない気持ちの奴もいる。 俺は、隼人さんの仇を取りたい。」
木下:「元はといえば、お前が原因で隼人さんはやられたんだ。」
木下:「だけど、隼人さんは、絶対にお前のせいにするなって言ってた。」
終始、何もいえなかった。
次々と、もやもやした気持ちがこみ上げてくる。
伊織:何で隼人はそんな事をしたんだ?
伊織:あいつは本当に俺の事を心配してくれていたのか?
伊織:だいたい、何で俺がコロウだかタイガーウルフだかに狙われなきゃいけないんだ?
同じ日の放課後に、教頭からも呼び出しを食らった。
教頭:「とにかく相手のグループと学校側とで話がつくまでの間、お前は停学にする。 これはあくまでもお前の安全を第一に考えての事だ。」
隼人の家は町の有力者だ、もしかすると、そちら方面からの圧力だか、要請だかが学校にかかったのかもしれない。
今回、学校を出て行く伊織の事を見送りに来る生徒は一人も居なかった。
代わりに、校門で瑠奈が待ち伏せしていた。 相変わらず遠巻きが出来ている。
瑠奈:「加地君!」
伊織に近づいてきて紙袋を差し出す。
瑠奈:「あ、ありがとう。」
瑠奈:「これ、この間のシャツ。 ちゃんと洗濯しておきました。」
いちいちしぐさが恥ずかしそうで、可愛らしい。
伊織:洗濯しなくっても 良かったのに。
そういえば、この頼りなさそうなアイドル風の女性は、これでも一応 刑事なのだった。 ふと、コロウの事を相談してみる気になった。 いや、正直言うと、もう少し瑠奈と一緒に居たかっただけかもしれない。
瑠奈は少しだけ考えた風だったが、
瑠奈:「この後時間ある? 一寸、家に来ない?」
伊織:「い、池内さんの家にですか?」
瑠奈:「家って言っても、今回の事件の為に急遽用意した仮眠用のウィークリーマンションだけどね。 ほら、色々吾妻さんの家に近い方が便利だから。」
瑠奈:「今、ちょうど休憩時間で、ちょっとご飯食べに帰る処だったの。」
仮の住居とは言え、一人暮らしの女性の部屋に入るのは、勿論初めてだった。 1DKのユニットバス付き、流石に間に合わせの待機部屋らしく、部屋の中は片付いていると言うよりはほとんど物が置かれていなかった。 ダイニングキッチンのテーブルに腰掛けて木下から聞いた話を一つ一つ瑠奈に説明した。
瑠奈:「ご飯食べながらでゴメンね」
定番のカップスパゲティである。 連日の夜間警護で多少寝不足気味。 幽霊動物が襲ってきたら、今のところ有効な対抗手段は瑠奈の鳥以外にはない。 と言う訳でこのところまともな食事もしていないのだと言う事だった。 キッチンの脇には箱買いしたカップ麺のダンボールが置いてある。
伊織:「美味そうですね。」
ほんの社交辞令な一言のつもりだった。
瑠奈:「えっ、…欲しい、の?」
麺をすすっていた箸が一瞬とまる。
伊織:「いや、そういう訳では」
瑠奈:「ゴメン、もしかしておなか空いてた?」
そういえば、今日は昼休みに木下に呼び出されたお陰で、昼飯を食べ損なってして腹が減っていたのだ。
伊織:「え、えぇ、ちょっと」
瑠奈:「しょうがないなぁ、…一口だけだぞ。」
そう言って悪戯そうに微笑みながらカップ麺と箸を伊織に差し出してくる。
伊織:良いのかな?
言われるまま受け取った箸で麺をすする。 クリームの味に混じって、鼻腔をくすぐる何か別の刺激が唾液の分泌を促す様な気がした。
瑠奈:「美味しい?」
伊織:「え、えぇ美味しい、です。」
瑠奈:「じゃぁ、いいわよ、…もっと、食べても。」
伊織:「でも、」
瑠奈:「わ、私の使った箸じゃ、嫌、だった、かな?」
瑠奈の頬が少し赤くなる。
伊織:「そ、そんな事無いです! 頂きます!」
更に 二三口を頬張る。 もはや味など分からなかった。
瑠奈は伊織が返してきた箸を何の抵抗も無く口に咥える。
瑠奈:「結構、いけるよね。 これ。」
伊織:「そ、そうですよね!」
伊織も赤くなる。
瑠奈:「実はそのグループの事はもう調査を開始しています。 例の幽霊動物との関連も含めてね。」
瑠奈:「はっきりした事が分かるまでは、不安だろうけど、待っていて下さい。」
家まで車で送ってもらい、別れ際にもう一度釘を刺された。
瑠奈:「くれぐれも一人で接触しようなんて無茶な事、考えないでね。」