エピソード8 痴女
Episode8
登場人物
加地 伊織:主人公
池内 瑠奈:アイドル刑事
難波 優美:ゴスロリ少女
室戸 達也:デタラメに強い敵
源 香澄:初めての女性、じゃなくて謎の研究員
停電の街の只一点の閃光。 目も眩むばかりの光の中心に例の雄鶏がいた。 まるでそこに火が燃えているかのように、赤い雄鶏の影が揺らめいている。 驚くべきは、、その鳥の足元、アスファルトが熔けて蒸気を上げるその輝きの根元に、幽霊猫が踏みつけてられていた。 あれほど機敏だった幽霊猫が、もはや屍の様にピクリとも動かず、液体化した地面にずぶずぶと埋もれていく。
伊織:「凄い…、」
ゴスロリ少女が、チラッと自分の方を見た気がした。
優美:「遅すぎ!」
一瞬自分の事を言われたのかと思い吃驚した。 その自分の背後からバラの香りがすり抜けて行く。 振り返ると、何時の間にか長身長髪の女が立っていた。 ギスギス、もといスレンダーながら かなりの美人。
心臓が止まるかと思った。
瑠奈:「加地君!」
瑠奈が、女の声に振り返り、そこに伊織の姿を見つけた。
突然 幽霊鳥の赤い炎が宙に舞い上がり、大きな音を立てて、傍の道路標識が地面に転がる。 急速に地面が輝きを失い、光の残像にまぎれて猫の影は見えなくなった。
香澄:「だって、貴方がクルマ壊しちゃったから いけないんでしょう?」
いきなり、その女が ぴったりと伊織の背中から腕を回して抱きついてきた。 密着した女性の肉体の柔かさが脊髄を侵食していく。
香澄:「貴方達知り合いなの? ならちょうどいいわ。」
香澄:「この子に、人質になってもらおっと。」
伊織:「やめて…」
何故か、その後が続かなかった。 一瞬は女の腕を振りほどこうとしては見たものの、包み込むような安堵が一切の抵抗を無効化させていた。 鼻腔をくすぐる甘いバラの香水に自然と鼓動が高まる。 今までに経験した事の無い充足感が自分を支配していく。
香澄:「しばらくお姉さんとこうしてましょう。」
女が、背後から、伊織の耳たぶにキスをする。
何も、言い返せない。
瑠奈:「そのひと(伊織)から離れなさい。」
未だに閃光に焼かれた目は視力を回復していなかった。 瑠奈が叫ぶ声だけが聞こえる。 それと、壊れる音。 崩れ落ちる音。 残像と闇の中で何かが起こっている…。
やがて再び地面が熱を帯びて光を取り戻す。 幽霊鳥の足元が熔けてプラズマを発している。 その炎がゆっくりと伊織達の方に近づいてきた。
香澄:「駄目。 あんまり近づいちゃ。 この子の大事な脚が、とれちゃうかもよ。」
見下ろすと、自分の足に何かがまとわりついているのが見えた。
薄ぼんやりとした炎に照らされたそれは、…かすかに黄色っぽい半透明の実体の無い幽霊の様な…人形? 半透明な人形の様な何かが、伊織の右足に抱きついている。 しかし しがみ付かれている感触がまるで無い。 やはり、こいつは幽霊動物?
ゴスロリ少女と十字架ピアス男が退散してくる。
優美:「何よ!何か文句あるの?」
引き際に伊織に一瞥をくれて、室戸と共に闇に消えた。
伊織:なんで俺に怒るんだ?
香澄:「さあ、少し遊びましょう。」
予想外の素早さで、黄色い揺らめきが雄鶏に飛び掛る。 雄鶏の前蹴りが体当たりを受け止めるが、反動で赤い炎が後退させられる。 熱せられて改めてその姿が浮かび上がる。 それの輪郭は…人というよりも猿に近い。
赤い炎は更に熱量を上げて色を変え、触れた地面が再び閃光を放ちながら熔け始める。 幽霊猿は、じりじりとその前蹴りを押し返す。 全く熱を意に介していないように見える。
炎の鳥がたまらず後方に跳躍して距離を置く。 一瞬の内に あたりは闇に戻り、再び光の残像で視力を失う。 雄鶏が地面を熔かす光が戻ると、何時の間にか猿は伊織の下半身にしがみついている。
伊織:「な!」
女が、背後から伊織の胸に掌を回してくる。 撫で回すように、優しく。
香澄:「君の髪、いい匂いね。」
幽霊鳥は再度伊織の方に歩みを進めるが、あっと言う間に猿が間合いを詰める。 とっさに鳥は跳躍してかわす。 猿が通り過ぎた跡と思しきブロック塀の角がすっぱりと切られて、音を立てて地面に転がる。
何時の間にか伊織の服が切り裂かれている。 ベルトも切れ落ちてジーンズがはだける。 皮膚には、切られた感覚は無かった。 そのさらけ出された直の肌に、…女の冷たく柔らかな掌が忍び込んでくる。
伊織:「や、めろ…」
香澄:「大丈夫。…だから、じっとして。」
そんなところを、自分以外の誰かに触れられるのは、初めてだった。 どうしてだか、なされるがまま抵抗が出来ない。 かすかな光源で浮かび上がる半透明な猿が、伊織の靴に這い登ってくる。 見えるはずの無い表情はニヤニヤ笑っているように感じた。
瑠奈:「加地君! 貴方 な、なにやってるの!」
瑠奈の声が裏返ってる? その瞬間、いきなり幽霊猿の背後に炎の鳥が出現した。 幽霊猿の背中を踏みつけて、くちばしで延髄に一撃を加える。 その熱が、直ぐ傍の伊織の脚をじりじりと熱する。
瑠奈:「その人を放しなさい。」
瑠奈が、伊織達の直ぐ傍まで来ていた。 拳銃を香澄に向けている。
香澄:「嫌よ、…この子 何だか可愛いんだもん。 貴方になんかにあげないわよ」
幽霊猿の背骨からその体内に熱が流れ込んでいく、やがてその透明な神経回路が熱を帯びて白く輝き始めた。
香澄:「残念だけど、生半可な炎じゃ黄龍には通用しないわよ。」
瑠奈の雄鶏が 何の前触れも無く跳躍した。 その翼に触れた小さなコイン状のモノが発光、蒸発して消える。 しかし全ては防ぎきれなかったらしい。 被弾した瑠奈の眼鏡のチタンフレームが、すっぱり切られて、顔から滑り落ちた。
更に闇の中を無数の小さな影が飛び交っている。
香澄:「へぇ、凄いね。」
伊織を柔かく抱きしめる香澄の吐息が、耳元で少しだけ荒くなる。
瑠奈の持つ拳銃の砲身が、 その先端から少しずつ、みじん切りにされていく。
月明かりに照らされた瑠奈のスーツが、一枚ずつ、切り裂かれてはがされていく。
むくりと、幽霊猿が起き上がった。 その身体は、かすかに黄色っぽい光を放っているように見える
伊織:これは、この猿がやってることなのか?
香澄:「そうよ、これが、…レベル2の遠隔攻撃能力。」
香澄は、まるで伊織の考えている事が読めているかのように、ささやいた。
香澄:「貴方にはお礼をしなくちゃね。」
かすかにきらめく無数のコインが縦横無尽に宙を舞いながら瑠奈を襲う。 なす術も無いままに、身に着けているものが次々と切はがされていく。
香澄:「血を見るのは嫌いだから、これ位で許しておいてあげる。」
香澄:「じゃあ、残念だけど今日はこれでお別れ、又会いましょうね。」
香澄はそう言って伊織の首筋にキスをすると、突然いなくなった。
伊織:「な、何だったんだ?」
いろんな意味で身体の震えが止まらない。 それでも急ぎ、地面にへたり込む瑠奈の元に駆け寄る。
伊織:「池内さん! 大丈夫ですか?」
瑠奈:「ちょっと、今 駄目! 来ないでぇ!」
自分のシャツを脱いで、瑠奈に渡す。 周りから見たら、間違いなく誤解されるだろう光景である。
瑠奈:「ありがとね、」
瑠奈はうつむいたまま、隠し切れない部分を必死に手で押さえている。
瑠奈:「…見た?」
伊織:「す、すみません、つい。。。」
思った通り、…眼鏡が無い方が可愛いかった。