エピソード2 トラウマ
Episode2
登場人物
加地 伊織:主人公
古城 隼人:訳有りな 幼馴染み
吾妻 碧:ちょっといい感じの 幼馴染み
三船三十朗:あこがれの 武術家
次の日の朝、早速主任教師から呼び出しをくらった。 職員室の奥の会議席に座らされて、大勢の教師が取り囲む中、事情聴取が始まる。
教師A:「余り揉め事にかかわらないようにしなさいよ。」
教師B:「テストが終わったからってふらふらしてるからこういう事になるんだろう。」
教頭:「今日は授業に出なくても良い、真直ぐ帰りなさい。顔の腫れが引くまでは自宅待機しなさい。」
教師B:「うちの制服をきた生徒がそんななりで町を歩いていたら、学校全体の評価にかかわるんだ。」
教師B:「お前のしたことが、全校生徒の進学に悪い影響を与えると言う事を考えた事はあるのか?」
教師B:「この次に何かあったら停学だぞ。」
教師B:「反省文を提出するんだ。」
自分のやった事はそんなに悪い事だったのだろうか? そんな訳はないだろう。 あの時、自分が碧の後を追いかけなかったら、碧はもっと酷い目に合っていたかも知れないじゃないか。 それに、
伊織:「何にもかかわらなかったら、俺って何の価値があるんだろう?」
折られた指が痛む。
帰り際、学校のロッカでクラスメイトにつかまった。 明らかに授業中のはずだが、特別に担任が伊織の見送りを許可してくれたらしい。
級友1(女子):「大丈夫だったの?」
級友2(女子):「痛そう。」
級友3(女子):「ひどい。」
これ程女子から声をかけられるのは、入学以来初めてだった。 悲しいかな皆の視線は、哀れみ、好奇の様に見えた。
伊織:「ああ平気」
大丈夫、自分はこれくらいの事 余裕で切り抜けられる。
隼人:「どこのどいつにやられたんだ、俺が仇とってやるよ」
隼人はいつも気にかけてくれるが、隼人には隼人のつるんでる不良グループがある。自分はそこには入っていけない。いや、入っていきたくない。
級友1(女子):「じゃあね、お大事にね」
皆が教室にもどって行く。
級友4(女子):「色恋沙汰でやられたらしいよ」
級友3(女子):「やだ、誰よ、相手は誰?」
級友5(女子):「えっ、加地? ありえなくない?」
級友6(男子):「まじかよ、俺だって彼女いないんだぜ」
級友7(男子):「それじゃお前、加地以下決定って事で、」
陰口が聞こえた気がした。
誰にも助けを求めずに強がっている自分はやはり孤独なのだと感じてしまう。 何があったのか、洗いざらい話して、慰めになってくれる。 そんな友人はいない。 一人で居る事は別に嫌じゃない。 別にとりえもないし もてる方でもないから、こんな不幸な目にでも合わない限り皆から声をかけられることも無い。
でもそれは自分自身の責任だ。 何時からだろう。 多分中学の頃からだ、小学校で仲間はずれにされて、誰の事も信用できなくなって、何時裏切られても大丈夫なように自分に壁を作って、取り繕った表面だけで皆と上手に接してきた。 別に構わないんだ。 自分は大丈夫。 何をされても、何を言われても、全部最初から想定済みだから。 自分は皆の上を行っているのだから。
その夜12時を過ぎた頃に、碧から電話がかかって来た。 着信音を他と変えて設定したばかりだったから、画面を見なくても直ぐに碧だと分かった。 一呼吸を整えてから受信ボタンを押す。
碧:「私の所為でごめん。 この間はありがとね。」
初めて自分の携帯にかかってきた電話の相手は 碧だった。
碧:「昔の事、覚えてる?」
覚えている。 小学校6年生の3学期、卒業間際になって私立の中学に通う事になった碧が突然伊織に告白してきた。 告白されたのは後にも先にもこの一回きりだ。 とはいっても小学生の事だから、本当の恋とかそういうのではない。 そもそも見栄えのしない自分なんかより、人気者の隼人の事を好きになれば良かったのだ。
自分を仲間はずれにしたのは隼人だった。 隼人は碧の事が好きだったから。 隼人は勉強も出来て、喧嘩も強くて、家も金持ちだから皆が慕っていた。 隼人が伊織の事を無視したから、皆も伊織の事を見ないようになった。
伊織:「いや、もう5年も前の事だろ、よく覚えてないよ」
碧:「私さ、あんたのことが好きだったのよ、もう、昔の話だけどね。」
伊織:「へぇ、そうなんだ。」
碧:「あんた、いつも私のことかばってくれててさ、頼みもしないのにさ。」
碧:「こないだ、また助けてもらって、急に思い出しちゃった。」
そんなことあったっけな? 本当に忘れてしまったみたいだ。
伊織:「俺は何もしてないよ」
碧:「それでも、私は感謝してるのよ」
碧:「ところでさ、あの後、特に何も変な事は無い?」
一瞬胸が高鳴り、碧の掌に吸い込まれていったあの卵の黄身の事が脳裏によみがえった。
伊織:「変な事って?」
碧:「誰かに見られてると言うか、つけられてると言うか。」
伊織:「まさか、ストーカーって奴?」
碧:「もしかしてあんたじゃないでしょうね?」
伊織:「違うよ、何で俺がお前の事ストーカーすんだよ」
碧:「別に、あんたなら、構わないんだけどさ、、、本当に心当たりない?」
伊織:「無いよ。」
碧:「そっか。」
伊織:「それってもしかして、この前の連中って事? そもそも、何でお前はあいつらに狙われてたんだ?」
碧:「知らないわよ、この前は学校の親友からどうしても緊急で相談したい事があるって呼び出されて、」
奴らはどこかの高校の不良という感じではなく、もっと大人の集団の様に感じた。 無差別に危害を加えようとしたのではなく、計画的に事を進めている風だった。 もしかして碧は今でも目を付けられていて、また酷い目に合わされたりするのだろうか?
伊織:「あのさ、それって、警察に言っておいたほうが良いかもしれないな。」
次の日、急に暇になったので、改めてお礼をする為に三船を訪ねた。 住所は警察で教えてもらえた。 三船の家は小さなそろばん塾後で、広い畳みの教室がそのまま残されていた。 そこに、空手の胴衣を着た いかつい連中が数名正座していた。 何でも三船の友人が師範を勤める道場の学生で、今日は勉強に来ていると言う。
自分はひとしきり稽古が一段落するのを見学しながら待つ事になった。 三船を改めてみると、中肉中背短髪、殆ど坊主頭と言っても良い。 見た目には少しも強そうには見えない、運動部の新入部員がそのまま大人になったような感じである。 そんな三船が空手の黒帯を楽々とあしらう光景は、どこか小気味よい感じがした。
伊織:「格好良いな」
稽古の休憩時間、お礼の言葉と親から持たされた土産の菓子折りを渡して改めてお辞儀をする。 こういう畳の上に正座すると、自然とそういう事ができたりする。
伊織:「あの、凄い技ですね」
三船:「ああ、まだまだ未熟だが、好きでやっている。 たまに今日みたいに知り合いが尋ねてくれたりもする。」
伊織:「僕にも出来るでしょうか?」
どうしてそんな事を口走ったのか自分でも分からなかった。 だいたい、拳法なんて、ゲームの世界の出来事に過ぎなかったはずで、自分には無縁のモノだったはずなのに。
三船:「やってみるかい?」
三船:「俺は人に教えるって柄じゃないからな、強くなる保証とかは無いが、健康体操だと思ってやってみたら」
三船:「練習は朝、ここに来て、これが連絡先、月謝とかはとりあえずいいから」
心なしか嬉しそうだった。
新しい携帯の連絡先が増えた。