エピソード13 決意
Episode13
登場人物
加地 伊織:主人公
小林慎一郎:コロウのリーダー
難波 優美:絶対に逆らってはいけない人
室戸 達也:絶対に戦ってはいけない人
館野 涼子:五人目の女
美少女が、額を地べたにこすり付けられた自分の顔の前でしゃがみこむ。 妙な光景だ。
優美:「ほら、早くしないと、…大切なとこが燃えちゃうわよ。」
伊織:こいつは、…味方、なのか?
ライターを持っていたはずの小浜は、いまや別の脅威と対峙していて 自分の事はすっかり忘れ去られている様だった。 自分には見ることが出来なかったのだが、実はこの時点でこの場を支配しているのは、…たった一人の男だった。
優美:「ほら、「助けてください。」…は?」
伊織:「た、助けて、…下さい。」
少女のそれは、道端で死に掛けている生き物に哀れみをかける様な切ない眼差しだった。
優美:「「一生、何でも言うこと聞きます。」…は?」
伊織:「一生? …でしたっけ。」
ウェーブした艶やかな髪、傷ひとつ無い整った顔、くりくりした瞳、長い睫毛、まるでアンティーク人形みたいだ。
優美:「言わないと助けてあげないわよ。」
伊織:「一生、…言うこと…聞きます。」
自分は実は死に掛けていて天国だか地獄だかを選ぶ尋問を受けているのだろうか。 だとすると今ここに居て囁きかけて来るのはもしかして天使? それとも悪魔?
優美:「「私は優美様の事が大好きです。」…は?」
伊織:「…?」
優美:「言わないとこのまま見捨てるわよ。」
伊織:「私は、優美様の事が…大好きです。」
優美:「聞こえないわ、もっと大きな声で。」
伊織:「私は優美様が大好きです!」
酸欠状態が見せる幻覚だろうか? 少女の頬が少し赤く染まった様な気がした。
優美:「まあ、そこまで言うなら、良いわ。…助けてあげる。」
すっく、と少女が立ち上がった。
優美:「ところで、一体何時までそんなみっともない格好をしているつもりなの?」
伊織:「えっ?」
力いっぱい体を捻ると、何故だか?今まで自分を押さえつけていたはずの男達の腕がすっぽりと外れた。 十分に気道が確保されてようやく自由に息が出来るようになる。 へたりこんで、…それから地べたに座り込んで、…しばらくすると周囲の状況が思考に入って来た。
優美:「その…ミジンコ見たいなモノ、いい加減にしまいなさい。」
伊織:「あっ、…あぁ。」
そう言いながらも、少女は伊織の股間を凝視していた。
酸欠でボーっとしていた頭が次第に冴えて来る。 我に返り思わず立ち上がって見回す。 それは驚くべき光景だった。
30人以上はいたはずのコロウのメンバーは、そのほとんどが活動不能状態で地面に転がっている。 自分を押さえつけていた連中は、その格好のままで気を失っていた。
改めて、累々とした屍?の真中に立つ 幻想のように美しい少女を見た。 背丈は小学生位、重厚なゴスロリ衣装のおかげで定かではないが、かなり華奢な体つきをしている。 腰までかかる長く豊富な髪、小さな顔、全身が透き通る様に白く、多分…輝いている。
伊織:「一体、…お前は何者なんだ?」
優美:「あら、それは、あなたが一生の愛と忠誠を誓ったご主人様に対する言葉つかいなの?」
優美:「…それとも、教育が必要かしら?」
十字架ピアスの男が、優美の背後に立っていた。
優美:「さてと…起きなさい! 話が出来るようにしておいたはずだけど、…もしも気を失ったフリを続けるなら二度と目が覚めないようにしてあげても良いわよ。」
小浜が、腰を抜かした格好のまま、呻きながら後ずさりする。
小浜:「た、助けてくれ…。」
優美:「素直に私が知りたい事に答えれば、考えてあげても良いわ。」
その時、
小林:「申し訳ないけど、…そいつにいくら聞いてもらっても、何にも答えられないんだよね。」
二階の事務所から一人の男が現れた。 長身で無駄の無い体つき。 ひょうひょうとして、それでいて絶対的な何かを秘めている。 そんな感じの男だ。
小林:「悪いが そいつはリーダーじゃ無いんでね。 代わりに俺が答えるよ。」
小林:「始めまして。 おれがコロウのリーダー、小林慎一郎だ、まあ、…偽名だけどね。」
伊織:こいつが、コロウのリーダー。 碧を悲しませ、隼人を病院送りにした首謀者。
十字架ピアス男が、階段の踊り場に立つ小林を見上げた。
小林:「おっと、俺は、勝てない喧嘩はしない主義なんだ。 いやぁ、流石だねー、…室戸達也さん。」
小林:「あんた強いわ、スデゴロじゃ、何人束になってかかってもあんたには勝てねえな。」
十字架ピアス男は、自分の名前を知られている事に対してもまったくの無表情だった。
代わりに、優美が小林の気障な口調を遮る。
優美:「ここに五人目の女がいるんでしょう? 女を連れて何処で連中と接触するのか教えなさい。」
小林が、やれやれという表情で吐露する。
小林:「きついね〜、コッチだってビジネスなんだ。 あんまり客の信用を落とす様な事すると、この後の商売に響くんだけどなぁ。」
小林:「ところで、あんた、誰ちゃんかな? もしかして室戸さんの通訳さん?」
片手をポケットに突っ込んだまま、小林がゆっくりと二階から降りてきた。
小林:「それにあんた、俺なんかの言った事を信用するのかい?」
優美:「そうね、まず女はコッチに引き渡してもらうわ。 それで、連中との接触には私達も同行させてもらう。 そうすれば貴方も契約は果たせるのだから、信用問題を気にする必要もないはずよ。 そこから先は、コッチの問題。」
小林:「別に、あんた達の妙な儀式には、これっぽっちも興味は無いんだけどさ。 見返りもなしにリスクが増えるのはいただけないな。」
優美:「別に貴方にお願いしてるつもりはないわ、拒否するならこの場で貴方を終わらせてあげるだけよ。」
小林:「わあーった、わあったよ。 しょうがねえなぁ、おい! 女を連れて来い。」
小林が二階の事務所に残っていた手下に号令を掛ける。
暫しの沈黙、どうしても黙って居られなくなって、割って入った。
伊織:「どうして、…どうして僕らを、狙うんだ。」
小林が眼をつけてくる。 それは威嚇する訳でもなく、道端の小さな花でも見るような目つきだった。
小林:「別に。」
小林:「ビジネスだよ、ビジネス。 俺たちは依頼された事を確実に実行する。 それだけさ。」
伊織:「じ、じゃあ、…一体誰が僕を狙う様に依頼したんだ?」
小林:「残念だけど、兄ちゃん。 依頼主が誰かなんて探ろうとしても無駄だよ。 俺達も、依頼主が誰かなんて知らないんだ。 興味もないし。」
小林:「ネットの掲示板で依頼が来て、コッチの請求する料金を前払いで振り込んでくれれば、誰だって平等にお客様だ。 勿論出来ない仕事は最初から請けないが、一旦請けた仕事は確実に実行する。 それがうちらのモットーって奴かな。」
やがて、一人の少女が連れてこられた。
どこかの私立学校風の制服、中学生位だろうか。 両手は手錠で拘束され、目隠しをされている。
自分の境遇をどれくらい理解できているのだろうか。 そんな風に心配してしまう程、少女は従順に見えた。
優美が、無言のまま少女を睨め付ける。
小林:「本当に明日、取引場所に連れてきてくれるんだよね。 …念のためだけど、」
優美:「私たちの目的は 裏切り者から卵を取り戻すことだけよ。 貴方たちのビジネスなんかに興味はないわ。」
室戸が、目隠しされたままの少女を抱き上げた。 長身の美男子だから嫌味なくらい絵になっている。
優美:「帰るわよ。」
優美がじっとこっちを見ていた。 何故だか、少し頬が赤い。
優美:「一緒に来る?」
伊織:「へ?」
優美:「貴方のことよ。 それともまだここに残っていたいの?」
一瞬何がどうだか全く思考が働かなかった。 勿論人質の子供の事は気にかかる。 この連中は思った程の悪者では無いらしいが、怪しい幽霊動物やら殺人拳法で何人もの人間を傷付けている事は事実なのだ。 少なくとも普通の常識が通用する相手では無い。 それよりも何よりも、付いて行けば碧や自分を狙う連中の事が分かるかも知れない。
伊織:「行く!」
またもや後先考えずに答えてしまっていた。 そこで、ようやく木下の事にまで血がめぐる。 見ると一緒についてきた二人が介抱しているようだ。 多分…連中は大丈夫だろう。
先に歩き出した優美たちの後を追う。 見ると、工事用の白い金属塀の一部が、人が通るには十分すぎる位 ぱっかりと切り取られていた。
伊織:「もし何にもかかわらないままだったら、どこに俺の価値があるって言うんだ!」
独り言で力強く宣言し、…黒の外国製高級ワゴン車に乗り込んだ。




