第32話
(職場に書類を送ってから1週間程でみきおの採用通知が届いた
そして・・・みきおは中学校を卒業し単身東京へ働きに出ることになった)
母さん
『みきお、忘れ物は無い? お財布は必ず腹巻の中にしまうんだよ
職場の社長さんにはくれぐれもよろしくお願いするんだよ』
みきお
「母さん そんなに心配しなくて平気だよ
荷物は先に送ってあるし、社長にもちゃんと挨拶するから」
母さん
『月に1回は必ず連絡してちょうだいよ』
みきお
「わかったよ、ちゃんと連絡するからさ」
母さん
『それとみきお・・』
みきお
「もう、母さん今度はなに?」
母さん
『これ、お腹空いたら電車の中で食べなさいね』
(母はみきおに大きめのずっしりとした紙包みを手渡した)
みきお
「母さん・・・ ありがとう」
母さん
『一人で寂しいかもしれないけど、体に気をつけて頑張るんだよ!』
(今にも涙がこぼれ落ちそうな目をしっかり見開いて母は言った)
みきお
「母さんの方こそこれからも大変だと思うけど体には気をつけてね」
かずお兄さん
『おーい、みきお!そろそろ出発しないと汽車に乗り遅れるぞ!』
みきお
「うん、今行く! ・・・じゃあ母さん 行ってきます!!」
母さん
『みきお・・・ いってらっしゃい!』
(みきおは最寄の駅までかずお兄さんの車で送ってもらった)
みきお
「かずお兄さん、ありがとう!」
かずお兄さん
『家と母さんのことはオレに任せて、みきおはみきおの人生を頑張るんだぞ!』
みきお
「うん、ありがとう かずお兄さん」
かずお兄さん
『あ、ほらもう汽車が来たぞ!』
みきお
「かずお兄さん、母さんのこと 絶対頼むね!!」
かずお兄さん
『ああ、俺に任せて安心して東京へ行ってこい!!』
みきお
「ありがとう・・・ 行ってきます!!」
(みきおを乗せた汽車はかずお兄さんに見送られながら出発した)
みきお
「東京ってどんな街なんだろうなぁ・・・ やっぱり
大きな建物がいっぱいあって、人もたくさん居るんだろうなぁ・・・」
(みきおは窓際の席に座り、青空に照らされた田園風景と遠くの山々をぼんやり眺めていた・・・)
みきお
「なんだか腹へってきたな・・・そういえば母さんが持たせてくれたお弁当?があったっけ!」
(カバンを開け貰った紙包みを取り出した)
みきお
「ん?何か間に挟まってるぞ? ・・・手紙?」
(封を開けてみると、それはやはり母からの手紙だった)
みきおへ
あなたには幼いときからずいぶんと苦労をさせてしまいましたね
家が貧しいばっかりに辛い思いもたくさんしたことと思います
それなのにあなたはいつも笑顔で母さんを励ましてくれていましたね
あなたのその優しさに母さんは何度も救われましたよ
ありがとう
いつも元気に走るあなたを見るのが母さんは大好きでした
どんなときもあきらめず懸命に前を向いて走り続けるその姿勢は
きっとあなたのこれからの人生をしっかり支えてくれることでしょう
そしてそんなあなたを母さんはとても誇りに思っています
ありがとう
あなたに陸上を思う存分させてあげられなかったこと
あなたが大好きな陸上よりも仕事を選択しなければならなかったこと
母さんは悔やんでも悔やみきれません
貧しい家のことを考えての決断だったんですね
新しい勤め先の社長さんからあなたが給料の半分を家へ
送ってくれとお願いされていると聞いたときは涙が出ましたよ
ありがとう
でもそのお金は受け取れません
そのお金はあなたがこれからの人生を切り開いて行く為の
大切なお金ですのであなたが大切に使って下さい
単身遠く東京へ旅立つあなたへ余分なお金を持たしてやれなくて
本当にごめんなさい
情けないですが、せめてあなたの大好物をと思い持たせました
よかったら電車の中で食べてくださいね
体に気をつけて達者で暮らすんだよ みきお
母より
みきお
「母さん・・・ 母さん・・・・・ 母さん・・・・・・」
(栓が切れたように次から次へと涙が溢れ出してきて止まらないみきお)
みきお
「母さん・・・ 母さん・・・・・ 母さん・・・・・・」
(溢れ出る涙でよく見えない目をこすりながら紙包みを開けてみた)
みきお
「母さ・・・ん・・・・ ありがとう ありがとう ありがとう・・・」
(紙包みの中にはみきおの大好きなゆで玉子が16個も入っていた)
みきお
「母さん・・・こんなに・・・・ ありがとう ありがとう」
(みきおは涙と鼻水でくしゃくしゃになりながらゆで玉子の殻を
一つ一つ丁寧に剥きながら大事そうに食べた)