第4話
2人が付き合い始めてから数ヶ月、互いの生活になんら変化はない。唯一変わったことといえば、時々一緒に昼食をしていた詩音が2人に遠慮をしてくれたくらいで、いつも通り昼食を共にするのが精一杯のデートのようなものだった。
「つまらなくない?いつもこんなで。」
「ん?なにが?」
「欲がないというか、単純に興味がないのか……」
そっけない燕に広樫はあきれる。
「……どっか行きたいとか?」
「なんかそれって僕の台詞だよねぇ?」
「そう?」
ならばと燕は考え込むが、そう咄嗟に思いつくようなものでもない。
「駄目だね。簡単に気の聞いた言葉なんて言えないよ?」
「別に気の利いた言葉を求めてたわけじゃな……」
言いかけた広樫の視線は通りに向けられていた。
「あいつ……。」
「誰?」
振り返って広樫の視線の先を探す。
「……吉村君?」
「知り合いなのか!?」
それがまるでいけないことのように声を荒げる広樫。
「知り合いというか、同期で同じ課の人だけど、それがなにか問題でもあるの?」
「問題はないといえばないけど、あるといえばある。」
「意味がわからない。」
「よく話したりする?」
「そりゃあ仕事をしてるんだから。」
「仕事以外では?」
「……なんなの、一体?」
燕はまるで尋問されているような気分だった。広樫はそうやって時々平静さを失う。
ただの同僚の存在は、広樫にとってそんなにも重要なことなのだろうか。燕は何も言わず、表情だけでその意を伝えてみる。
それに気がついたのか、広樫は一度通りに視線を向けた。もちろん、吉村はもうそこにはいない。
「ごめん。つい。」
「ついって……」
会話はそこで中断した。何があったわけではない、それ以上続かなかったのだ。
「あーもう、息が詰まるー。」
「それを聞くこっちの身にもなってよね。」
「冷たい事言わないでよ詩音。」
「私は人生相談の先生じゃないの。」
「薄情者。」
「あんたねぇ……。」
何かあれば詩音に電話して報告をする燕だが、喜びを報告するのは稀であった。
「たまには嬉しい報告ぐらい聞かせてよね、聞いててもつまらないじゃない。」
「別に、詩音を喜ばせるために私は生きてるわけじゃないし。」
「そりゃそうだけどね。それにしてもちょっと愚痴が多くない?本当は後悔してるんじゃないの?」
「う……」
図星だった。
不満があるわけではない。広樫は燕自身、自分にはもったいないくらいの人物だと思っている。だが、なにかが引っかかっているのだ。その何かが、燕を不安にさせているのは確かだった。
「夢のこと、まだ気にしてる?」
「ん……、だって未だに見るんだもん。」
「なにか夢の中で変わったこととかないの?」
「うーん。あ、そういえば広樫さん吉村君のこと知ってるみたいだったよ。」
「話題変えてどうすんのよ……」
「思い出しちゃったんだから、仕方がない。」
「吉村君ねぇ……そういえば、彼も広樫さんと似たようなこと言ってたっけ。」
「え?」
「前にね、ほら、移動前同じ課だったでしょ?その時に聞いたんだけど、『ずっと昔に会ったような気がする。すごく懐かしいけど、なんだか思い出したくないような……』って言ってた。」
「って言ってたって……、「そういえば」の限度を超えてるよね。」
「私にとってはどうでもいいことだったんだから仕方がないでしょ。」
「思い出したくないってことは、相当嫌な思い出なのかなぁ?」
「さぁ……。直接本人に聞いてみれば?」
「聞いてどうすればいいの?」
「それくらい自分で考えてください。はい、じゃあ、おやすみ!」
一方的に切られた電話を見つめながら燕は考え込んだ。
夢の中に出てきた二人の男と、燕のことを以前から知っているという二人の男。夢の中の1人は広樫であることに間違いはないと燕は無意識のうちに確信していた。では、もう1人は吉村なのではないだろうか。それを確信させるような根拠はどこにもなかったが、なぜだか燕はそうとしか考えられなかった。
「私はあの2人とどういう関係だったんだろう……。」
その夜、燕はなかなか寝付くことができなかった。