第3話
あれから何度も燕は広樫と昼食を共にするようになり、いつの間にかそれが日常の中での当たり前のこととなるのにはそう時間はかからなかった。
詩音が一緒のときもあったが、燕と詩音はもともと所属部署が異なるために、大半は広樫と二人だった。
初めの頃に比べると、随分と互いの雰囲気も変わっていて、まるで古くからの友人のように会話も弾んでいた。
「え?」
その広樫の言葉があまりにも唐突だったのか、思わず燕は聞き返した。
「”え?”じゃなくてさ、僕と付き合って欲しい……って、二度も言わせないでくれる?」
口調とは裏腹に広樫は真剣な表情をしていた。
「私が?」
「他に誰がいる?それとも僕のこと馬鹿にしてる?」
「そうじゃないけど……。」
「けど、なに?そういうこと言ってくるとは思ってなかった?一応初めからそのつもりでいたんだけどなぁ?」
そういわれてしまうと、そんなような行動だったかもしれないと、今更ながらに思う燕。
「ごめん。」
「いや、そこを謝られても困るんだけど。返事は?どっち?」
断るだけの大した理由も見つけられなかったので、燕は答えにO.Kをだした。
「そもそもあの言い方、なーんか気に入らなかったんだけどな。"どっち?"って」
「だったらなんであんたはO.Kを出すのよ。」
「だって、断るだけの理由なんてなかったし。」
「それだけ?」
「んー、それだけじゃないような気もするけどさ、ま、いいじゃん。」
「適当ー。かわいそーな広樫さん。」
「か、かわいそうって!!」
家に帰ってから、早速昼間のことを詩音に報告する燕。報告することが義務のように、広樫との出来事はほとんどを詩音に伝えていた。
「まぁ、恋愛をするような気合が微塵も感じられなかった燕にしては進歩したんじゃない?」
「またそうやって人をサルみたいに……。」
「あれれー?サルだなんて一言も言ってないよ〜?」
黙り込む燕。電話の向こうでは詩音が笑い転げているのが聞こえてきた。
「そんなに笑うことないのにぃー。」
「ごめんごめん。とにかくおめでとう。おめでとう?って言うの?ま、いっか、お幸せにね。」
笑い混じりの声で答える詩音に、なんとなく腑に落ちない燕だったが、時間が遅いせいもあり会話はそこで切り上げることにした。
「もー!おやすみ!」
広樫はベットに仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめていた。
室内の照明は一切付けられておらず、真っ暗だった。
「やっと君を手に入れることができたよ……。」
ほくそ笑み、広樫は呟いた。そうして、今度は腹の底から笑う。
「もう誰にも邪魔はさせない……」
それは狂気に満ちた笑いだった。