拝啓 11月3日 ライラ先生へ 2/2
しんとテーブルが静まり返りました。全員がマールさんの顔を見ます。マールさんは依然としてニコニコしていました。
「ええ、そのとおりですわ。警備ですもの。でもね、事実として、あんなに探しても紅いサファイアは見つからなかったのよ。私が怪盗ルブランだったとして、いったい保管庫のどこに隠したのかしら?すでに盗まれた後だと考えるのが自然ではなくって?」
「オレも本気で探したけど、どこにもなかったぜ。アンナちゃんもそれは一番良く知ってるだろ?」
わたくしは目をつむって、一生懸命考えた【前提】と【結果】、そして【方法】を思い出します。
――確かに探した。壁一面にあるキャビネットを順番に。とても慌てていたわ。前提、方法、何かない?もしマールさんが別のキャビネットの中に隠したら、わたくし達がうっかり見つけちゃうかもしれない……。思い出して、あの時、どんな感じだった……?
頭がガンガンと脈打つ。血が巡って目の奥が熱くなる。それでも、今まで生きてきて、この時が一番冴えていた。そう胸を張って言えます。
――保管庫の扉が開かれる。マールさんがランタンで中を照らしている。ルイくんが入ってキャビネットの前で待っている。わたくしが駆け寄ってキャビネットを開ける。紅いサファイアがない。
“そ、そんなはずありません!別のキャビネットじゃないんですか!?”
「……そうよ。キャビネット。わたくしたちは、キャビネットを探すように誘導された。
【前提】にも“地下に灯りは無くランタンだけが頼りだった”ってあったわ。わたくし達の視線は唯一光を持つマールさんに支配されていたの!」
「……!」初めてマールさんの顔から余裕が消えました。
「どこを見せたいのか、どこを見せたくないのか。どの場所に立ってほしいのか、立ってほしくないのか。あの空間は全部マールさんの思うがままだったわ。だとしたら、マールさんが一番わたくし達を遠ざけた場所に紅いサファイアはあったはずよ」
ランタンはキャビネットを照らし出す。そこには紅いサファイアは絶対にない。紅いサファイアがあるのは、ランタンが照らしていなかった場所。暗闇の保管庫。誰も入ることが出来なかった密室の中で、光があたらなかった場所。それは――
「――壺の中」
マールさんが大きく息を吐いて、背持たれに大きくもたれかかりました。
「いや、アンナ。僕たちが地下保管庫に行ったとき、マールさんは壺を調べていたじゃないか。そこにはなにもなかっただろう」
「お兄ちゃん、あのね。わたくしがお兄ちゃんを呼びに行っている間、ルイくんもランタンを取りに行ってて、マールさんは一人で紅いサファイアを探していたの。
それに、わたくしたちはキャビネットばかりさがしていて、壺の中を見ていない。そうでしょ?ルイくん」
「おう」
「だからね、多分こういうことなんだと思う。
24日にわたくしたちは紅いサファイアを地下保管庫に置いた。でも、マールさんは部屋に残るために、わざと紙束を倒したの。中はとっても寒かったし、それを口実に簡単に一人になれた。その後、一瞬でキャビネットから紅いサファイアを取り出して、壺の中に隠した。これならほんの数秒で出来るわ。だから、ボディチェックをあんなに自信満々で受けていたの。本当に持っていないから。
25日にわたくしがソワソワしている頃合いを見計らって声を掛けた。断られても、25日が過ぎた後で盗まれていないか確認するから、タイミングは何時でもよかったんだと思う。だから、ルイくんが付いてくることも想定内だったはずよ。その後、わたくし達はマールさんの掌の上にいることに気が付かずに、一緒に地下保管庫へ降りて行った。
わたくし達はキャビネットの中に紅いサファイアがあると思い込んでいた。でも、無いという予想外の結果を見せられてとても驚いてしまったの。加えて、それ以上にマールさんが大声で騒いで、わたくし達に考える暇を与えなかった。キャビネットばかり探させて、埒が明かないから灯りを持ってくるようにって、わたくし達を納得させながら地下保管庫から追い出した。その隙にマールさんは壺の中から隠していた紅いサファイアを取り出して、ポケットかどこかに入れた。最後の仕上げに、戻って来たわたくしとお兄ちゃんに空の壺を見せて、ここには最初からなにもなかったかのように見せかけた。
その後は、みんなで地下保管庫を探し回ったけれど。どうりで見つかるはずないわ。だって、紅いサファイアはずっと、怪盗ルブランの懐の中にあったんですもの。
これが、事件の真相」
わたくしはきっとライラ先生ならこうするだろうと、真っすぐマールさんを指さした。
「怪盗ルブランの正体は――マールさん。あなたよ」
「くっ……!い、いえ!まだですわ!地下保管庫が冷えていたのはどうしてかしら?偶然?私はラッキーに頼って皆さんを追い出したってことですの?そんな不確かな方法は怪盗らしくありませんわ!」
怪盗らしくない。たしかにそう。
わたくしの頭の中で光の道筋が反射していきます。
【前提】
・???
【結果】
・部屋は極寒だった。
前提が足りない。思い出して。何が使えそう?ライラ先生ならこういう時、言葉を拾うはず。言葉、言葉――
“こ、これは想定外ですわ……“
想定外、という言葉選び。
それと、床の溝。あれは何?
「あの、地下保管庫の床にあった溝って何?」
びっくりしちゃった。自分の声じゃないみたいです。
「あ、あぁ。あれはな――」お兄ちゃんが言いかけたところをルイくんが横取り。
「排水路だぜ!アンナちゃん。地下ってのは漏水と湿気の対策がマジでちょー大切なの。あの溝は全部排水口に繋がってんだ」
【前提】
・“想定外”
・溝は排水路
【結果】
・部屋は極寒だった
お兄ちゃんが口だけで「この野郎!」と怒りにあらわにしますが、わたくしは瞬きも忘れて考え込みます。まだ足りない。最後のピース。それは――
“アンナさん、私にお任せになって?”
そういって、マールさんが見たもの。窓の外。
“雪”
わたくしの頭は次々と方法が浮かんで、一瞬で論理的に剪定されました。
【方法】
・雪を排水路に敷き詰めた
「きっと、防犯会議の前日、怪盗ルブランの予告状が届いた時に、地下保管庫の排水路へ雪を敷き詰めたんじゃないかしら。もう溶けてなくなってるかもだけど。だから、マールさんは地下が寒いことを知っていたの。でも、想像よりも寒くなっていたから「これは想定外」という言葉を使った。普通、部屋が思っていたよりも寒かったら“予想外”って言わない?証明しようがないけれど、これが極寒の地下室の正体だと思うわ。
どうかしら?マールさん?」
水を打ったようにみんなが、静まり返る。みんなが、固唾を飲んでいる。みんなが、うなだれるマールさんを見つめている。そして、マールさんはエプロンドレスのポケットに手を差し込んで。
コツン。
テーブルの上に、置かれたそれは。
紅いサファイア。
「参りましたわ……」
――嬉しい。それしか言えませんでした。
「や、やっ……!」
「うおおお!!すっげー!アンナちゃんマジでカッケーよ!!」
「ああ、本当にすごい。アンナ。ライラ様みたいだったぞ。いったいいつからそんなに賢くなったんだ」
「きーっ!!く、悔しいですわー!」
でも、それ以上にみんなが大喜びしていましたので、わたくしは、なんだか気恥ずかしくなって。はにかむことしか出来なかったんです。
その後も、ルイくんが「お祝いしようぜ!ジェーン店長!アンナちゃんがすげぇんすよ!」って走って行って、お兄ちゃんが「ケーキだな。買いに行くか。アンナも行くか?」って。
「うん!行く!」
「あらあら、じゃあ、わたくしもお供しますわ」
それで、その日は家族みんなでお祝いになったんです。とっても楽しかったです。
以上、〈紅いサファイアの謎〉でした!先生、ご指導ありがとうございました!
それにしても、ここ数日、先生のお名前を聞かない日がありません。先生の公認弟子としてはそれはもう鼻高々で、えっへんと誇らしい気持ちです。でも、その、こんなことを言ってしまっては失礼かもしれませんが……、なんだか、ここ最近はいつもお忙しそうで……。“愚者の毒”事件以降は特に鬼気迫る、といいますか、何か急き立てられているような、そんな気がしてしまって。その、ご無理はされていませんか。先生のことだからきっと大丈夫だと思いますが、グータラは足りていますか、なんて。言ってみたりしてみます。
それでは、今回はこのあたりで失礼します。どうか心身ともにご自愛下さい。
敬具
アンナ(隠者の斥候見習い)より
(完)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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佐倉美羽




