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第2話 氷と白の王

――世界が、静かに軋んでいた。


白夢の奥、箱庭の最深部。

一歩踏み出すごとに、空気が冷たく変わっていく。

白い霧を抜けた先に、彼は立っていた。


「……来ましたね、ルシェリア。」


白衣を纏い、微笑む男。

その姿は穏やかで、どこか人間らしい温もりすらある。


けれど、瞳の奥にあるのは

――“永遠”を信じて疑わぬ狂気。


「あなたが、白の王ですか。」


「ええ。そしてあなたは、夢を壊しに来た。」


白の王はゆるやかに手を広げた。

その動作だけで、周囲の花が凍りつき、雪が舞い上がる。

だが、ルシェリアは眉ひとつ動かさない。


「この世界は、彼女の心から生まれた。人間とは実に面白い生き物です。もう痛みも涙もない。――この世界は幸福そのものです。」


「違う。」


ルシェリアの紅い瞳が光を放つ。

白い世界の中で、その色だけが現実だった。


「これはあなたが勝手に与えた“眠り”だ。彼女は笑っていない。本当の幸福は、痛みの先にあるものです。」


白の王が、わずかに表情を曇らせる。


「痛みを知れば、人間は壊れる。私はそれを何度も見てきた。だからこそ、願ったのです。――この“永遠に醒めない夢”を。」


「……あなたも孤独なんですね。」


「……なに?」


その一言に、白の王の瞳がわずかに揺れる。


「失って、壊れて、それでも僕たちは現実を生きなければならない。たとえ薄汚い現実だろうと、息のしにくい世界だろうと、孤独ほど虚しいものはない。……そんな孤独を埋めたくてあなたもこの箱庭をつくったのでは?」


白の王の肩がわずかに震えた。

その瞳にほんの少し、影が落ちた気がする。


「孤独だと……?」


「でもいくら箱庭を作ったところで、この孤独は埋まりやしない。焦がれる思いは強くなり檻はさらに強固になる。……孤独の果てに救いはなかった。」


ルシェリアの声が震えた。

笑っているのに、どこか切なげだ。


「それは、間違いなく死より静かな地獄ですよ。」


白の王が手をかざす。

風が鳴り、白い花弁が刃に変わる。

だがルシェリアは、ただその場に立ったまま微笑んだ。


「あなたの箱庭、壊しますね。彼女を取り戻すために。」


紅の光が走る。

氷の蝶が舞い、空気が裂けた。

白の王の放つ光と、ルシェリアの紅がぶつかり――

音もなく、世界が弾けた。


静寂の中で、声が響く。


『……ルシェ……。』


その声に、ルシェリアの目が見開かれる。

遠く、白い光の向こう。

彼女が、彼を呼んでいた。


白の王が、苦しげに顔を歪める。


「聞くな。思い出すな。ここでは誰も泣かない――!」


「いいえ。」


ルシェリアの氷が砕け、紅い光があふれ出す。


「彼女は泣く。笑う。迷う。だからこそ美しく、だからこそ手放せられない。その“現実”があるから、僕は――彼女を愛した。」


白の王の瞳が見開かれる。

次の瞬間、白い世界に亀裂が走った。


遠くから鈴の音が響く。

それは、夢の崩壊の始まりだった。


「あなたは、“永遠”を望んだ。でも、僕は彼女と歩む“未来”を望む。」


紅い氷の翼が背に広がる。

白の王の放つ光が、彼の前で砕けた。


――紅と白がぶつかり合い、夢が裂ける。

その瞬間、白夢の箱庭が、初めて“音”を取り戻した。


その音は紛れもなく、彼女の呼ぶ声だった。

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