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第2話 囚われの静寂

目を覚ますと、天蓋のある寝台の上だった。

絹のように滑らかなシーツが肌を撫で、ほのかに甘い花の香りが漂っている。

なのに、その空気の奥には微かに鉄の匂いが混じっていた。

窓は重いカーテンで覆われ、外の気配はまるでない。


光も音も、まるで世界が止まってしまったような静けさ。

朝なのか、夜なのかすら分からなかった。

ただ、確かなのは――この部屋の空気が異質なまでに“冷たい”ということだけ。


(……夢? いや、あのオークション……)


身体を起こそうとした瞬間、肩に鋭い痛みが走る。

見ると、包帯が巻かれていた。

きっと檻に体当たりした時のものだろう。

よく見ると手首にも白布が重ねられ、乾いた血の跡が滲んでいる。

誰かが手当てを――。


「目が覚めましたか?」


穏やかな声。

顔を向けると、あの紅い瞳の男が椅子に腰かけていた。

白いシャツの袖を軽くまくり、細い指で純白のティーカップを傾ける。


「おはよう。……いや、こんばんは、の方がいいかな」


ひと口、ゆっくりと。短い一瞬が、やけに長く感じられた。

彼はソーサーをサイドテーブルに置き、わずかに首を傾げた。その笑みの奥が、どうしても読めない。


「僕はルシェリア、どうぞお気軽にルシェとお呼びください」


その声は意外なほど穏やかで、一瞬だけ人間の温度を感じた気がした。


「…どうして私を、その」


「助けた?」


彼はわずかに唇を吊り上げた。

一瞬、部屋の空気が凍る。

あの時と同じ、美しくて、残酷な微笑。


「違いますよ。ただ、君の逃げる姿が面白かっただけです」


(……やっぱり、この人まともじゃない)


彼は立ち上がると、机の上に置いてあった紅茶を差し出した。

白磁のカップから立ち上る香りが、やけに濃く感じる。


「飲めますか? 毒なんて入ってません。僕がそんなつまらない真似をすると思います?」


警戒の色を隠せない私を見て、彼はくすりと笑った。


「可愛い反応ですね。……人間って、こんなに表情豊かでしたっけ」


(人間ってことは……やっぱりこの人は――)


「私をどうするつもりなの」


「さて。まだ決めていません」


彼は静かに歩み寄りながら言う。


「他のヤツらの手に渡るにはあまりに惜しい。ならばいっそ僕のこの『箱庭』に囲ってしまおうと思ってね。」


「『箱庭』……?」


彼の声が耳の奥で波のように響き、気づけば彼はすぐ目の前にいた。


「『箱庭』――それは“現実”から切り離された、誰にも触れられない僕の、僕だけの世界。」


「ねぇ、人間。君は自由がほしい?」


「……当たり前でしょ」


「そう。ふふっ、少しは楽しめそうだ」


彼の指先が顎をすくい上げる。


「僕が君に絆されるのが先か、君が僕に絆されるのが先か――実に興味深いとは思わないかい?」


微笑。

紅の瞳が、深い闇のように揺れる。


その指が目を覆った瞬間、世界がゆっくりと霞んだ。

香りが遠のき、音が消えていく。


薄れていく意識の底で、彼の声が甘く絡みつく。


「逃げてもいい。ただし、僕からそう簡単に逃げられるとは思わないことですね」


沈みゆく思考に、鈴の音が微かに響いた。


――檻の外は、まだ、遠い。


静寂の奥で、鈴の音と共に微かな笑いが混じった。

夢の残り香のように、甘く、遠く。


やがて闇の底で、紅の声が囁く。


「おやすみ、良い夢を。」


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