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「おい、どこ行くんだよハクヤ!」

「決まってるじゃないですか! 妖怪退治ですよ!」

「ねぇ待ってちょうだい。ブーツじゃ。そんなに速く。走れないわ……」

「見る限りエクレールがいるはずだ。あいつに任せとけって、お前自身なんかできるわけじゃねえんだしさ!」

「そりゃ今はそうかもしれないけど、見学ですよ見学! 俺はあの人から魔法を教わるためにここに来たんですから!」

「危ないわよ。そんなの。……もうダメ、脇腹が痛い」

 車通りがないことを確認しつつ、乳房大橋という大きな橋を斜めに渡って対岸へ。

 道の砂利を押し分けた轍の部分を走って、川辺へと河川敷を降りていく。


 ────穢れを祓い、我らに安寧と清き恵みを授け給え。


 奏上。

 二礼二拍手一礼。

 到着した頃には、決着は既についてしまっていた。

「おお、ハクヤ君かい。どしたんだ、こんな夜遅くに」

「ソンくんに連れられて、御眠さんと三人で星を見ていたんですよ。先生こそ、なぜこんなところに? 納屋で寝ていると、こう言っていたはずでは」

「なんだか胸騒ぎがしてな。出てきてみりゃ、八面大王の『端物』が川で悪さをしていただで、ちょうど祓ったとこなんだ」

「えぇ、胸騒ぎがした時点で俺に一言教えてくださいよ。ちゃんと見たかったのに」

 落胆に肩を落としていると、息急き切って走ってきた御眠とソンが俺たちが話す側まで来て、膝に手を当てて呼吸を整え始めた。

「大丈夫か、エクレール? 戦闘があったみたいだが。今回の相手はずいぶんデカブツだったみたいじゃねえか」

「あたしたち。遠くから見てたのよ。怪我はなくって?」

「ふたりとも、心配かけてすまない。出てきたのは『端物』だが、たしかにかなり大きい個体だった。もしかすると『本体』が近くにいるのかもしれないな」

「…………あの、前から気になってたんですがね。その『端物』っていうのは、つまりなんのことなんです?」

『本体』と『端物』。

 デンパ先生と初めて会ったときにも聞いた言葉だったが、いまだに意味を分かっていない。

 デンパ先生は、玉串代わりに使ったワサビを川辺に備え、ぱんぱんと手をはたいた。

 辺りを見回し、そこらで見つけた棒切れを手に取る。

「ナメクジで例えてみよう」

 彼女はしゃがんで折った膝を右腕で抱えて、砂の上に絵を描き始めた。視界の邪魔にならないよう、顔の前に垂れてきたふわふわワサビグリーンの長い髪を耳に掛ける。

 描いた絵の動物には貝殻があった。

 それナメクジじゃなくてカタツムリです、デンパ先生。

「毒性の粘液を持ったナメクジがいたとしよう。ナメクジが歩いた跡に有毒な粘液の道が敷かれる。この毒の粘液は乾けば固まり、雨風によって段々薄く無害なものになっていくし、誰かが触る危険があるならば、前もって取り除くこともできる。これが八面大王の『端物』を『祓う』という行為だ」

 ガリガリと枝の先でカタツムリが通った道を上書きし、デンパ先生は膝の上でクロスした両腕を乗せて顔を上げた。

 あまり変わらない表情の上目遣い。

 潤った唇が、月光を含んでぷっくりと光る。

「なるほど。しかし、毒の根源である八面大王の『本体』を祓わない限り、いたちごっこだと。つまりはこういうことですね?」

「いや、『本体』を祓うことは得策ではないんだ」

 デンパ先生は既に描いたカタツムリから別の方向に矢印を二本伸ばし、新たに二匹のカタツムリを追加した。一方はニコニコと御利益のある置き物のような個体で、他方は貝殻に棘が生えた如何にも悪そうな個体だ。

「ハクヤ君は私が鬼退治かなにかをしていると勘違いしているようだが、八面大王という鬼の退治は奈良時代、西洋の暦でいうなら八世紀頃に完了している。ゆえに、我々の世代がするべきことは『鬼退治』ではない。強いて言うなら『神祀り』だ」

 ワサビグリーンの魔術師は、短く呼吸を置いて言葉を続ける。

「討伐された八面大王の怨霊を祓うことは簡単ではない。多大な犠牲が出る可能性もあるし、祓い損ねれば怨霊の怒りを買って副次的な大被害に見舞われる可能性すらある。なにより祓った後はなにも残らない」

 棘が生えた荒々しい形相のカタツムリへの矢印に、棒切れで大きなバッテンがつけられる。

「しかし、『祀る』となれば話は変わってくる。適切に祀ることができれば、厄災の代わりに、加護や御利益を受けることができるからな」

 今度は矢印が二重になぞられ強調。仏のような温厚な顔つきのカタツムリが丸で囲まれ、周りに四芒星のキラキラマークが付される。

「なるほど……つまり、かなり難しいことをしなければならないってことですよね?」

 一通り説明を聞き終えた俺は、デンパ先生に問いかけた後、同意を求めて御眠とソンにも視線を投げた。

「つまり、強大な敵を、倒さず生け取りにしなきゃいけない。そういうことでしょう?」

 三者が同じように頷いた。

 月を背中に、デンパ先生が立ち上がる。

「そういうことだ。だから『本体』と戦闘を交えるなら、それなりの準備が必要になる」

 ソンが髪のない頭皮をぽりぽり掻いて、そのまま首の後ろで腕を組んだ。

「こんなところで出てこられたらひと溜まりもないわな」

 それに続き、御眠が口元に手を当てて「ふふんっ」と笑った。

「そうね。だって四人もいるのに。魔術師はたった一人で。他はただの人質だもの」

「……え、⁇」

 魔術師はたったひと────

 御眠の言葉をおうむ返しに、自分がしていた勘違いを正すや否や。

 吹き荒ぶ。

 突風。

 デンパ先生のふわふわの長い髪が激しく揺れ。

 耳のところで栗色の髪を押さえた御眠が、ぎゅっと目を瞑り。

 俺とソンは、風の発生源を見て表情を歪める。

「…………出てしまったか。八面大王」

 川の中央に不自然な激流が渦を巻いていた。

 その上に浮かぶは、

 夜闇に紛れて景色を喰らう巨大な『影』。

 しかし、そいつは今まで見た『影』と違って、顔が、胴が、腕が、脚があった。

 神出鬼没。

 鬼の形相。

 見据えた魔術師が、表情を変えずにぽつりと呟く。

「『本体』のお出ましだ」

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