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 御眠は観ていた映画を一時停止すると、今度は設定画面を開いた。ブルートゥースの接続を、掛けていたヘッドフォンからスクリーン脇のスピーカーに変更し、映画を再生。無音の状態から徐々に音量を上げて、あるところで調節する手を止めた。目的はカモフラージュか。

「あっ、電気つけたらまずいですよ御眠さん。俺がスマホで照らすんで」

「ありがとう……ふふんっ。あ、あたしの靴あれなの。赤茶色のチェルシーブーツ。紐がついているの。取っていただける?」

「ねぇ、御眠さんよ。なんか楽しんでません? 表で彷徨うろついているのが何者か分からない以上、俺は気が気じゃないんですがねえ」

 急に肩が重たくなったかと思えば、片足立ちでブーツに爪先を通し、履き口についたプルタブを引っ張り上げる御眠が、手を掛けて身体を支えていた。手摺り扱いか。

 玄関を出ると、びっくりしたカエルが二匹、逃げていく。

 怪しい光はというと、納屋の前を耕して作った小さな家庭菜園を物色しているようだった。

 物怖じひとつせずにずんずん歩いていく御眠の陰に隠れながら、近くまで歩いていったところで、御眠が大きな声を出した。

「ソぉンくんっ!」

「ぎゃぁああッ‼︎ …………なんだ御眠か。なんの用だ?」

 叫び声にびっくりして俺も悲鳴を上げてしまったところで、二つの光の正体が、光源である懐中電灯と、反射物であるツルツルの頭皮であることが判明した。

 妖怪ではなく、昼間にカイザーの雑な紹介に文句を言っていた若ハゲの男だった。

「ふふんっ……なに『薄毛にいい野草を手入れ』してるのかな。って」

「なにしてんのか分かってんじゃねえか。いちいち聞くな鬱陶しい」

「あら。つんけんな態度を取って……ふふんっ。怒りっぽい人は。禿げやすいのと違くて?」

「そうそう、自律神経が乱れることで男性ホルモンが過剰分泌しやすくなって、それが薄毛に繋がるんだ。って、やかましいな分かってるんだよ‼︎」

 男は広いおでこに青筋を浮かべ、野草の手入れに戻る。

 まっすぐに直立して生えた茎と、先端が少し尖った楕円形の細長い葉っぱが互い違いにくっついたのが特徴的で、穂状で青紫色の小さな花を咲かせていた。まだ成長途中なのか、高さは三〇センチメートルほどで、何本か群生している。

「それにしても、こんな夜に作業することもないんじゃないですか? 明日は晴れるようだし、なにもわざわざ暗いなかで懐中電灯を使ってまでやる必要は」

 素直な質問を投げると、若ハゲの男は煩わしげに俺を一瞥。

 萎れた葉っぱを取り除いたり、土を整えたりと、作業に戻る。

「いいかい新入り。お天道様ってやつは頭皮の敵なんだ。中、長波長紫外線が頭にどれだけのダメージを与えるか理解してんのか? してねえだろ。だからそんなことが言えるんだ」

「ふふんっ……日中だと。みんなが起きてて。笑いにくるから。ソンくんはコソコソ。真夜中に作業してるんだよねぇ」

「まさか夜中にまで小馬鹿にされるとは思ってなかったがな。なにしに来たんだよお前ら」

「いえね、なんか怪しく光る頭が──いや光がッ! 光があったもんで。泥棒でも来たんじゃないかと心配になって、御眠さんと見に来ただけなんですよ。別に小馬鹿にするつもりなんて毛ほども──いや微塵もッ! ないんですよ、本当に」

「あたしは小馬鹿にしに来たんだけどね……ふふんっ」

 なぜ掻き乱す。

 けたけたと両手で口元を覆いながら笑う御眠を引っ張り、背中の後ろに押しやって隠すなり、俺は話題を逸らそうと試みる。

「それより、なにを育ててるんですか? 見たことのない植物だなあ」

「…………甘草だ。名前くらいなら聞いたことあるだろ」

 無愛想ながらも、御眠が「ソンくん」と呼んだ男は答えた。

「抗炎症作用が頭皮環境を整えてくれるんだ。他にも、血行促進作用があるから毛根に栄養が行きやすくなるし、ホルモンバランスを調整する効果もあるから────」

「ふふんっ……毛根なんて。残っているかしら?」

 ひょっこり顔を出して悪戯そうに笑う御眠を再び引っ込ませると、

「────イライラしても、大丈夫、なんだ、ある程度は、なッ‼︎」

 ピキピキと、額に浮かぶ青筋の音が聞こえてくるかのようだった。

 夜風がそよいだ。

 遠くの木々がざわめき、約一名を除いて、俺たちの髪がふわりと靡く。

 ぽっぽと熱くなった白熱電球のような頭も冷えたのか、ソンは溜息をひとつ吐き、立ち上がって膝についた泥を払った。

「御眠はともかく、新入り。ハクヤっていったか? まぁお前に悪気がなかったのは分かった。すまんなイライラしてて。どうだ? どうせ起きてんなら軽く散歩でもしよう。ここの星空は、東京じゃ到底見れない代物だぜ」

 俺は御眠と「どうする?」というように短く顔を合わせる。

 すると、ソンが興味深い一言を付け足した。

「妖怪も、いたりしてな」

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