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 廊下を挟んだ一方は浴室、トイレ、そしてドアが取り付けられた小さな部屋の三つ。かたや襖の大きな部屋が一つ。左右で部屋の個数が異なるのは、それだけ襖の部屋が大きいことと、その並びに広い玄関があるからだった。

 上部に摺りガラスがついた襖を開け、全員が入室。

 書院造りの和室だった。

 しかし、床の間には掛け軸ではなく大きなプロジェクター用の白いスクリーンが、床脇の違い棚には数種類のゲーム機と大量のゲームソフト、カセット、攻略本があるあたり、伝統も格式も感じられない。ただの遊び部屋だった。

 部屋の中央に置かれた麻雀卓の前に、俺は座らされる。

「では『ホウタク会議』を始めよう」

「なにかと思ったらただの雀卓じゃねえか。デンパ先生がちょくちょく言ってた『ホウタク会議』って、円卓じゃなくて正『方』形の机でする会議ってことですか」

「そうだ。そして、ここに集う者たちこそが『騎士と書いてナイトと読む』たちだ」

「雀卓のニートたちだろ」と言葉を挟もうとしたところで、先に口を開いた者がいた。

「だからエクレールさ、何度も言ってるじゃないか」

 黒髪にところどころ緑色のメッシュが入った癖っ毛。

 それを頭の後ろで一つに結んだ向かいの男は、首を全て覆い隠すようなハイカラーに指抜きグローブで、真っ黒のグラサンを押し上げた。

「『騎士と書いてナイトと読む』っていうのは説明のために言ったまでのこと。いちいち言わなくていいんだよそれは。すっとね、騎士っていう漢字を頭に思い浮かべながらナイトって発音すれば済む話なんだよ、何遍言ったら分かるんだ」

「すまない、『深淵より這い出づる狂気』よ」

「だからそっちは漢字なの! ルビの方を呼んでよルビの方を」

 そう指摘されたデンパ先生が『カイザー』と呼び直した男は、溜息を吐きつつ、ずれた遮光性の高いグラサンを再び押し上げた。

「俺の名はカイザー。見ての通り、ここ魔術城フリューゲルの幹部だ」

 痛々しい患部だな。切除してもらえよ。

 なんて思っていると、「俺も忙しい身なんでな。本来ならば別の者に任せるところなのだが、ここは直々に、幹部の俺から紹介するとしよう」と、カイザーと名乗る男は他の者たちの紹介を始めた。騎士たちを束ねているなら騎士長の方がよくないか、と言いたくなるが、その隙は与えられない。

「そこでさっきから電気の紐を相手にシャドーボクシングをしているチャイナドレスの女が、ツー=マシャラ。古来より伝わるいにしえの古武術を会得した、我が城の参謀だ」

 頭の頭痛が痛い、みたいな紹介をされた少女は十七、八かそこらで、俺と同い年と見える。

 頭の後ろで結えた二つのお団子からヒラヒラと長い黒髪を垂らした彼女は、腕に巻いたバンテージを直しつつ、バキバキと左右に振って首を鳴らす。

「ねぇカイザー、このチャイナドレス動きにくいんだけど着替えていい?」

「だからダメだって、お前も分からないやつだな。武術家娘はチャイナドレス着させて『アルアル』言わせるのが定石なの! いいか、今のセリフも『この服動きにくいアル、着替えてくるヨロシ?』だぞ?」

 時代錯誤のステレオタイプを目撃した。

「おい、ツーちゃんよ。台所の方へ行って、あれを持ってきてくれ。あれだよ、新入りの通過儀礼用のあれだ」

 説教されたツーちゃんは、ぷいっとわざとらしくそっぽを向いて、食卓へと消えていった。

「やれやれ、次だ。そこでうとうと鼻提灯を膨らませているのが、(ねむ)。魔術城フリューゲル随一の怠け者で、一日の大部分をそこらの野良猫よりよっぽど睡眠に使っている」

 指を指された先には、壁に寄りかかったまま中華鍋を胸に抱きながらうつらうつらと船を漕ぐ女の人がいた。少しカールした栗色の長い髪に顔が半分隠れた彼女は、大正時代を思わせるような矢羽根模様の袴に身を包んでいた。

「そんでそこにいる禿頭がハゲだ。お、ツーちゃん持ってきたか。さあさ、こっちへ」

「おまっ、なんだその適当な紹介は────」

「よし、採れたてのワサビも持ってきたな。じゃあ洗礼の始まりだ」

 雑な扱いに文句を言う男はまだ若かったが、その頭にはただの一本も髪の毛が生えておらず、その代わり口髭と顎髭だけは豊かな蓄えがあった。彼の抗議は華麗に無視され、方卓会議は進行する。

 似非チャイナ娘のツーちゃんが持ってきたのは、小さな下ろし器具と一本の青々とした葉っぱのついたワサビだった。

「これは……?」

 置かれたワサビを前に、俺は取り上げた下ろし器具をくるくると回す。

 答えたのはポニーテールに指抜きグローブの幹部ではなく、デンパ先生だった。

「入居者はまずその忠誠心を示すために、採れたてのワサビを一口分だけ摺り下ろして一気飲みするというのが、ここでの慣わしなんだ」

 そこで、いつの間に起きたのか、眠たげな御眠が目を擦り、欠伸混じりに口を開く。

「裏切り者は。ワサビの代わりに。指を摺り下ろすの」

「怖えよッ⁉︎ 第一なんですか、俺はデンパ先生に魔法ってやつをちょいと習いたいだけで、よく知りもしない組織に入団だか入信だかするつもりは毛頭なくて」

「おい、毛頭ないとか言うなよ」

 殺気立った視線を感じて顔を向けると、ハゲと紹介された男がこちらを睨んでいた。

 ごめんて。

「そこが甘いって言ってるんだ。いいかい?」

 恥部、もとい患部ことカイザーが、何度目か分からないグラサンのズレ直しをし、息が詰まるようなハイカラを整えて言った。

「一子相伝。門外不出。魔術っていうのは、選ばれし者だけに与えられる超常の技巧。魔術城フリューゲルの一員でもなければ、その覚悟もない人に教えるわけにはいかないな」

 どこか聞いたことのある文言。

『信州信濃の山河と大地が産み落とした風雲児』だの『幻想と夢幻の魔術師』だの、デンパ先生の口上はカイザーが吹き込んだものに違いない。

「いいでしょう、やってやりますとも」

 俺は丸皿の置かれたワサビを手に取り、親指の関節一つ分ほどを一気に摺り下ろす。

 まるで、度胸試しをするしないで同級生に囃し立てられるような。

 なんだつまらねえとバカにされるのが癪に障るというような。

 俺はそういった内輪ノリの同調圧力に駆られるように、添えてあった割り箸をかっ開き、素早く口に掻き込んだ。

 辛味が脳天に直撃する。

 インフルエンザの検査時に長い棒を鼻に突っ込まれるが、刺されるような感覚はあれに近い。

 ワサビというやつは、摺り下ろした瞬間が最も辛いそうだ。ワサビの細胞に含まれるシニグリンとミロシナーゼが「摺る」という行為で細胞が壊れることで接触し、化学反応が起きる。生成されるのは、アリルイソチオシアネート。揮発性の辛味成分で、気化したこれが鼻や口の粘膜を攻撃する。

 しかし、不思議と辛味の刺激は長くは残らなかった。

 市販のチューブワサビや、スーパーのお寿司コーナーに「ご自由にお取りください」と置いてあるパック状のワサビとは違う。新鮮なワサビ特有の味わいだった。

 舌を使って唾を目一杯掻き集め、口直しにゴクリと飲み込み、涙を拭く。

 そうして前を見ると、麻雀卓に集まった面々が或いは驚嘆に目を見開き、或いはドン引きだというように身体を斜めに逸らして身を引いていた。

「マジでやるとはな。幹部を務めて長いこのカイザーもさすがに驚きだ」

「え、?」

「ツーちゃんちょっとドン引きアル」

「なんで⁇」

「都会人は。頭が硬くて。冗談が伝わらないのね」

「驚き過ぎて禿げるかと思ったわ」

「あんたもう手遅れでしょ」

「おい」

 予想していた歓迎とは程遠い反応に、俺が目を白黒させていると、あまり表情を変えないデンパ先生が少し笑って言う。

「ワサビ一気飲みの通過儀礼なんて嘘だよ。家出少年だと困るから、身分の証明になるなにか学生証だとか、お家の方と連絡が取れるように現住所と連絡先をしたためてもらえればそれでよかったんだ。まぁ、おかげであたしたちは面白いものを見れたが」

 そこら辺は常識的なのかよ。

 俺は少し人間不信、というか長野県民不信。否、信州人不信になった。

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