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一子相伝。門外不出。

『魔法』とは、選ばれし者だけに与えられる超常の技巧である。

 ゆえに、そのわざを人に教えるとなれば『ホウタク会議』にて評議しなければならない。

 だとかなんだとか、云々かんぬん。

 種や仕掛けがバレると困る手品師が苦し紛れに捻り出した言い訳にも似た口上を、目の前で手から水を湧き出すのを目撃しておいて鵜呑みにできるわけもなく、俺はデンパ先生の仲間の人たちとのホウタク会議とやらに参加することにした。

 三〇分後に到着した下りの電車に乗り込み、隣の駅までぶらり揺られていく。

 島式一面のプラットホームと木造駅舎を有する、安曇追分。

 突き抜けるような青空。

 いくつもの山々が遠くの方まで続く山脈。

 ホーム上から北アルプスの絶景が一望できる駅である。

「ねぇ、電波デンパ先生。そのお家っていうのにはまだ着かないんですか?」

「もう着くさ。ほらそこの角を曲がれば、…………デンパ先生⁇」

 魔法なんてそんな子ども騙しに引っ掛かるような俺ではない。

 なにか仕掛けがあるはずだ。これからたくさん勉強して、もしかすると国立理系に行くことになるかもしれぬ身として、あんな非科学を黙って見過ごすわけにはいかない。

 あと五分待てば家に帰る電車に乗れるというチャンスをみすみす見過ごし、エクレールとかいう如何にも偽名らしい名を名乗る怪しいわさび娘について来たのは、そういう理由だ。

 別に邪な思惑があるわけではない。

 魔術を覚えることができたら、勉強ができるよりも女性の気を惹けるのではないかなんて、そんな邪な理由では断じてない。断じて。

「ところで、さっきの『影』。黒いやつはなんだったんですか? 妖怪とか物の怪の類い……長野にはあんなのがうじゃうじゃいるって、こういうわけですか」

 あまりに現実離れした光景。

 電車の待ち時間、乗っている間は半ば放心状態で、デンパ先生とどんな話をしたかも覚えていない。おそらく他愛もない世間話と長い沈黙だけでやり過ごしていたのだろう。しかし、もう心の準備ができたというか、今になっては聞き出さなければ気が済まない。

「どこから話すかな。ハクヤ君は『八面大王』の伝承を知っているか?」

 顎に指を当ててしばし思考を巡らせたデンパ先生が、質問で返す。

 俺は素直に、首を横に振る。

 田園地帯に差し掛かっていた。

 だだっ広い二車線の道路を挟んだ両側に、遥か視界の奥まで続く田畑が広がっており、遠くの方で隅に追いやられるようにして住宅が並んでいる。

 道路の脇に二台の自販機が並んでおり、その脇には『ハッピードリンクショップ』という大きな看板。ショップとはいったものの、店が構えられているわけでもなければ、屋根すらない。ただ自販機がポツンと立っているだけなのに、ずいぶんと大袈裟だ。

「その昔。安曇野、魏石鬼の岩窟に八面大王という男が大勢の手下とともに住んでいたんだ」

 ライムグリーン、もといワサビグリーンの魔術師。

 彼女は短い呼吸をおいてから言葉を続ける。

「空を駆け、雲を起こし、雨を降らす。彼もまた魔術師だった。そんな彼を討ち取ったのが、矢村の弥吉と坂上田村麻呂だ」

「聞いたことあるな、その名前。たしか平安時代の征夷大将軍ですよね。歴史の教科書で『蝦夷討伐』の話で出てきたけど、安曇野にも来たんだ」

「まぁ坂上田村麻呂の功績は、当時の朝廷にとって絶大なものだったからな。歴史上の人物としてだけでなく、英雄神話や民間伝承のヒーローとしての側面も持つようになって、結果、鬼退治や妖怪退治の伝説で頻繁に登場するようになったんだ。鈴鹿御前や大嶽丸との伝説とかな。だから寧ろ、矢村の弥吉が討伐したと考えた方が、史実に近いのかもしれない」

「尾鰭はひれ、名前が一人歩きってわけか。それで、討伐された八面大王の怨霊かなにかがあの黒い『影』だと」

「正確には八面大王の『端物』、つまりは残滓に過ぎないのだが、ひとまずはその認識でいい。あたしの仕事は、八面大王を始めとする物の怪を鎮め祓うことなんだ」

 そこで「着いたぞ」とデンパ先生が話を切った。

 駅から二〇分ほど歩いた末に辿り着いた家は、公道の脇を流れる用水路からずいぶん引っ込んだところに建つ、二階建ての大きな白い家だった。

 人の背丈ほどもある大きな窓がいくつもついていて、引かれた障子の間から伽藍堂の畳の部屋が見える。車が横に二台停められるか否かという玄関までの道には、敷き詰められた砂利の間からタンポポや猗窩座といった野草が顔を見せており、隣の家との境に伸びるフェンスの手前には、大小バラバラの石で縁取られた花壇に豊かな土壌のベッドが敷かれていた。

 奥の方には納屋と小さな畑があるようで、家庭菜園をしているのか綺麗に組み立てられた園芸支柱が空を仰いでいる。

「あれ……、鍵が掛かってる」

 引き戸の玄関に手を掛けたデンパ先生が、不思議そうに首を傾げた。

「鍵があるんだから、外出するときは掛けるものなんじゃ?」

「? 開ける手間を考えたら掛けないのが普通だろう」

「はあ、」

 俺のなかで普通という概念が揺らいだ。

「仕方ない、裏口から入るとしよう」

「逆に裏口はいつも開けっぱなしなんですか?」

「まぁ大体いつも家には人がいるからな。それに、こんな長閑な土地では泥棒なんて出ないから心配することもないんだ。まぁ、出たら出たでお茶でも出して、使わなくなった古い掃除機でも持っていってもらうさ」

「そんな泥棒対策聞いたことねえよ。てかなに、田舎の人ってみんなそんな危機管理能力で生きてるんですか」

「一日にすれ違う人の数を千人とすると、年間では三六万と五千人。八〇年生きれば三千万の人間とすれ違うことになる。日本の刑法犯の検挙件数を考慮すると、このうちの一パーセントが犯罪者ということになり、あたしたちは毎日一〇人の犯罪者とすれ違っていることになる」

「急になんですか。てか怖えよ」

「急になんだ、と思うだろう? だがこれは統計に基づいた事実、括弧概算、だ。しかし、こんなことを意識して生活したことあるかい?」

「まぁ、考えませんけど」

 家の方へいくにつれて草深くなる道を歩いていくと、先に行ったデンパ先生が裏口を開けてこちらを振り返った。

 ワサビグリーンの長い髪がふわり。

 静かに揺れて、傾げた顔に少し掛かった。

「そうだろう、考えないだろう? つまりね、考えずに生きていた方が幸せなことも世の中にはあると、そういうことだ」

「まぁ知らぬが仏って言葉もありますし……って、そういう話じゃなくね⁇ 田舎の人のセキュリティリテラシーどうなってんだよ」

「せ、セキュ……石油? 薪ストーブならあるぞ」

 傾けていた首を反対側に倒し、デンパ先生は頭の上にはてなを浮かべる。

 そうだこの人、長野県民じゃなくて異星しんしゅう人なんだった。

 裏口の二〇センチほどの踏段からさらに五〇センチほど高いところにある床に上がるとき、足の指でもぶつけたのか彼女は「あ痛っ」と小さな悲鳴をあげる。

 滑らかな曲線を描く長い脚より、足の裏の、土踏まずをぐるっと囲む黒い土汚れの方へ視線が吸い寄せられる。

「土禁だからな。靴は持って玄関の方へ置きに行ってくれ」

「裸足のあんたがそれ言うのか。土(まみ)れじゃないですか」

 それにしても、一階の床までがずいぶんと高いように感じられた。なんでも高床式の住宅なのだとか。構造名だけ聞くと、社会科の教科書を捲って二ページ目に出てくる、ちゃぶ台の上にポンと家を載せたようなイメージが浮かぶが、この家は骨組みの構造が壁に覆われて外からは見えなくなっていた。寒冷な地域では冷たい風が吹き込んでしまうのを防ぐために、地震が多い地域では耐震補強のために壁で覆うらしいが、一月の平均気温がマイナス七度という極寒の安曇野では、どちらも意味合いもあるのだろう。

 裏口を上がったところは食卓で、長方形のテーブルと大きな食器棚があった。奥の台所はずいぶんと広く、大きなシンクに調理場、五徳が三つついたガステーブルが設えてある。

 デンパ先生について廊下を歩いていくと、左手は襖の、右手には同じ材質でできた片開きのドアがついた部屋が並んでおり、曲がって左に玄関があった。

 下駄、スニーカーにブーツ、それに小中学校で使ったような上履きが並ぶ横に、俺が革靴を置くなり、デンパ先生が「よし」という一呼吸の後に家中に向けて叫んだ。

「しゅーごーっ!」

 彼女の合図に合わせて、ドアが開き、襖が滑り、浴室の引き戸や二階へと続く階段の陰から、複数の頭がひょっこりと覗く。

「あ、どうも初めまして」

 手から下げていたリュックを床に下ろしながら、俺は口を開く。

「松本柏矢って言います。よろしくお────」

 言い終えるや否や。

 ジャジャジャッキンッ‼︎ と、

 バンテージの巻かれた拳。

 コンパスと物差しの二刀流。

 油でテカテカの中華鍋。

 土臭いゴボウのロングソード。

 トリガーを引くと、発光しながら音声が再生される変形型架空銃。

 一般的な書店の本棚には並ばないであろう、成年向け同人誌。

 住民は臨戦態勢だった。

 最後の二人からはどちらかというと布教の意図を感じなくもないが、とりあえず俺は警戒されている模様。

 おかげで言葉が途中で切られてしまい、特徴的な一人称とネットスラングで会話をする界隈が使う語尾のような挨拶になってしまった。

「まぁみんな落ち着いてくれ。これから、彼の処遇を巡って会議を始める」

 デンパ先生の声に従い、住民は武器(?)を下ろす。

 こうして、『ホウタク会議』は始まった。

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