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「……デンパ先生? 受験勉強に使うような本をそんなに持って、なにに使うんです?」
「なんのことかって? ハクヤ君の受験勉強に使うんだわ」
「ああそうか、読めたぞ。これは魔術師になるための最初の精神統一修行で、頭の上に乗せたまま瞑想、徐々に本の数を増やし、そのうち目を閉じたまま片足立ちになるというあの!」
「ページめくってな、出てきた問題解いて、答え合わせすんさ」
「それじゃまるで受験勉強じゃないですか!」
くわっと目を見開いてわなわなと腕を振るわせる柏矢に対し、デンパ先生は「そうだが?」とまるで目の前にいる男の子がおかしなことを言い出しているかのような表情を浮かべる。
「俺がしたい勉強はそんなんじゃあないんですよ!」
「そうは言ってもな、おらが教えられるのは数学と化学くらいのもんだに」
「いいや、そんなはずはありませんよ。俺はたしかにこの耳で聞いたんですから」
柏矢は二日前に体験した、ワサビグリーンの魔術師との邂逅を思い出す。
『あのねえ、俺は「先生と呼ばれたい人」を探しているわけじゃあないんです』
『ずら? 教員免許ば持ってねぇずらけど、教えられるずらはあるずらよ。ずら』
「そんな『ずらずら』言っとらん、ずら……」
うろ覚えも甚だしい信州弁に、ちょっとムッとしたデンパ先生から訂正が入るが、気にせず当時の状況説明を一人二役で進める。
「そのあとですよ、俺は『ワサビの産地ごとの見分け方とか興味ない』と、こう言ったんです。そしたら次の瞬間、デンパ先生がズバーッ! ズビーッ‼︎ と、さながらクンフー映画の如き足捌きで────」
「じっと立っとったずらよ」
「ホワタァーッ‼︎ とこう、回転蹴りを────」
「祝詞あげただけなんだけんどなぁ」
「してたじゃないですか! あれはなんだったっていうんです? これは説明してならわないといけないなあ、ええ?」
普段は無表情なデンパ先生が、珍しく、疲れた様子で皺寄せた眉間を指で摘む。
再び柏矢の方を見た彼女の表情には、呆れ、の字がまざまざと書かれていた。
「教員免許は持っちゃおらんけど、受験勉強の手伝いくらいならできるに、っちゅうとこでな。ほれ、八面大王の『端物』が、ぬっと出てきたんさ」
「……話の腰を折られた後に話を戻さなかっただけだと、つまりこういうことですか?」
「んだ」
「別に言葉ではなく、行動によって魔術を教えられることを示したのではないと?」
「逆にそんだことだとしたらよ、八面大王の出てくるタイミング、できすぎとらんけ? まるで狙い澄ましてたみてぇでな」
それはそう。
劇的な演出になにか運命論的なものを感じていた柏矢は、がっくり。肩を落とす。
対してワサビグリーンの魔術師は、なにか使命感を抱いているような熱い眼差しに代わり、柏矢の手を掴んだ。
「ほんなら、誤解も解けたこったし、化学でもやってみっか。高二っちゅうと、どこまで習っとるけ?」
ぐいぐい。引っ張られる。
「え、これから受験勉強するんですか?」
「おらにゃ、これくらいしか教えられるもんがねぇでなぁ」
「いえいいですって! デンパ先生に悪いし」
「遠慮すんじゃねぇに。そんなん、水くせぇじゃんか。ほれ、なんかしら教えんとおらのこと『先生』って呼んでくんなくなっちまうにさ」
御為ごかしもいいところだった。
逃げようにも、「畏み畏み白さく」と九頭龍大神を都合よく使って握力に補正をかけるため、ちょっとやそっとじゃ振り切れない。というか、九頭龍大神安請け合いし過ぎだろ。
それから、昨晩に徹夜した料理係のソンが起き出してくるまでの四時間。
柏矢はワサビグリーンの魔術師にみっちり、化学の参考書を解かされた。