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「手伝ってくださいツーちゃん! この赤ん坊が重た過ぎて、今にも落としそうなんです!」
「誤魔化したって無駄ネ。どうせツーちゃんが苦しむ様子を見て楽しん────」
「俺はそんなサディストじゃねえ! 本当なんですって。論より証拠、というか俺はもう腕が限界だ! ほら、早く!」
懐疑的な様子で片眉を吊り上げるツーちゃんだったが、力を抜かして俺が片膝突いたときに出した衝突音の重さを聞くなり、事の深刻さを理解して駆け寄ってきた。
「腕っぷしならツーちゃんに任せるヨロシ!」
「助かった……いま母親に預けられて抱っこしていたんですがね」
「うぉッ‼︎ なんだヨこの赤ん坊、重過ぎるネ! ツーちゃんでも歯が立たないアルッ‼︎」
「腕っぷしがなんだって⁉︎ しっかりしてくださいよ! 人様の赤ん坊なんですからね!」
二人で赤子の頭と身体をしっかり持って支える。本当は正しい持ち方があるのだろうが、気にしていられないほど重く、また気にする必要がないほどに赤子の身体は硬く堅牢だった。
そこへ、なにも知らないカイザー。
「ふたりでなに遊んでいるんだ。食事が冷めてしまっても知らないぞ?」
「あ、ちょうどいいアル!」
「ねぇカイザー、見ての通り立て込んでいるんですがね。ともすると俺たち二人の手には負えないかもしれないので、ひとつ、大人の男の人を探してきてはくれませんかね? なんせこいつは力仕事なもんですから。大急ぎで頼みますよ。大至急!」
「男の人か、いいぞ探してきてやろう──って、俺だって男の人だろうが誰がモヤシだって⁉︎」
顔を真っ赤にカイザーが、鼻息荒くして加勢に入る。
しかし、カイザーの助力より赤ん坊の重量が増すスピードの方が早く、むしろカイザーがふざけて体重を掛けているのではないかというほど。へっぽこ幹部の苦しそうな脂汗からして、そうではないことは一目瞭然なのだが、もはや俺たち三人では手がつけられないというのも、衆目の一致するところだった。
「どうなってんだよこれ、誰の赤ん坊だ⁉︎」
「俺もなにがなんだかさっぱりで。すぐそこで会った女性に、お手洗いの間、持っていてくれと頼まれただけで、それ以外はなにも!」
「ふたりとも喋ってないで力入れるアル! 落としたいアルカ⁉︎」
青筋浮かべたツーちゃんが、額から滴る汗が目に入らないよう顔を逸らすと、お団子から垂れた髪の束がひらり。
揺れるとともに、赤子を包むおくるみの顔に掛かった布がはらりと捲れる。
三人揃って、俺たちは絶句した。
柔肌に産毛が生えた幼い赤子が出てくると、そう思っていたのに、
「────なんだ、これ……」
黒く、硬い肌。
閉ざされた瞳。
微かな笑みを浮かべた口元。
まるでお地蔵さんのような赤子が、泣き声ひとつあげず、おとなしく、佇んで────。
────畏み畏み白さく。
恐怖と疑問とで、逃走したいという感情が、赤子を支える手から力を奪う。
落下する石の赤子。
言葉を失い、硬直する三人。
そこへ、
────水を司る九頭龍大神。
────その御力を我が手に授けたまえ。
間一髪、赤子が硬い床に直撃する前に、ワサビグリーンの魔術師が滑り込む。
彼女は九頭龍大神の紋様が浮かび上がった腕を伸ばし、肋骨をフローリングに打ちつけながらも、なんとか石の子を抱き止めた。
いつの間にか姿を現した母親。
抱えた赤子とともにすっくと立ち上がり、やつれた女性を見据える魔術師の声色は、明瞭かつ力強く、
「お断りするずら。子どもさん、預かるこたぁできんに」
言い放つなり、
ただの一つの痕跡も残さず。
悲しげな母親と腕のなかの赤ん坊が姿を消した。
「…………デンパ先生、今のはいったい?」
奏上。
二礼二拍手一礼。
一仕事を終えて膝丈のジョッパーズでぱんぱんと手を叩いたデンパ先生が、腰を抜かして座り込む俺に、手を差し出した。
「『姑獲鳥』ずら」
デンパ先生がカイザーに、俺がツーちゃんに手を貸して二人を立ち上がらせる。
「ウブメ、ですか?」
「ああ、産後に亡くなった女の人の怨霊だに。まぁ、ここで話すこんもねぇで、場所移すとしよさ。君らに憑いた穢れ、きっちり祓わにゃいかんでな。ここは人が多すぎるに。一刻も早う離れた方がええに」
「たしかにそうですが、ご飯はどうしましょう。テイクアウトとか」
「その心配はいらんに」
ぺらり、人差し指と中指で挟まれた伝票が、デンパ先生の胸のポケットから出てくる。
「こんなことになっかなぁと思てな、ぜんぶ食っといたさ」
あんぐりと口を開けて言葉を詰まらせる残りの三人。
締めて五二〇〇円の伝票を俺の手に載せ、満足げに艶々と頬を光らせる魔術師。
「ここから先ゃ任せるに、ハクヤ君」