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「ワサビなけりゃ『本わさび飯』なんて始まんねぇずら。ほら、おみおつけの裏っかわにおろし器が隠れてっぺ? そりゃ、ちゃんと使わにゃ」

 指三本分の太さと長さはある、新鮮なワサビ。

 それをガシガシと摺り下ろし、一気に茶碗へと投入する周りの人たちを見て、俺は戦慄した。

「どした? 冷めちまわんうちに、ちゃっちゃと食った方がええに」

「いやいや、おかしいでしょう! なんであんたらも、周りのお客さんも、みんな平然と罰ゲームみたいなことを自分からしてるんですかッ⁉︎ 信州人か! これが異星しんしゅう人ってことか!」

 ふりかけや海苔の佃煮でもかけるように、釜飯に投入されるワサビ。

 適量も過剰量も超えて、致死量に到達していそうな勢いだった。

 そこで、けろっとした様子のツーちゃんが嘲笑を口元に湛えた。

「ハーくんビビり過ぎアル。こんなのほぼショートケーキだヨ。全然辛くな────ッッ‼︎‼︎」

「はあ、甘過ぎて苦しそうだ」

「そうだぞハクヤ。これしきの試練、軽く乗り越えてくれねば参謀の座はわ────ッッ‼︎‼︎」

「仲良いなあんたらッ⁉︎」

 あれだけ大口を叩いておきながら、箸を置いて悶絶している二人。

 アホらし、と無視して、俺はデンパ先生の方を見やった。

 結び損ねた前髪の一束が頬の横でふわふわと揺れ動き、下を向いた睫毛が長い。

「釜飯とおみおつけな、そっちょに半分ずつ入れりゃ、ちょうどいい量になるに」

 ぷっくりと潤った艶やかな唇をすぼめて、箸で掴んだ味噌汁の具材を何度か吹き冷まし、口に放り込むなり静かにおつゆを啜る。

 俺は言われたように箸を動かし、デンパ先生と同じように味噌汁から手をつけることにした。

 ニンジンに油揚げ、ナメコだかシメジだかきのこ類。

 根菜や葉物がふんだんに使われたおみおつけは、出汁の香りと味噌のコクがしっかりと感じられ、柔らかいキノコとシャキシャキとした葉物の歯応えのコントラストが、箸を進ませる。

 もう一つ、四角い小皿の上のくるんとカールした揚げ物。こちらはカラッと揚げたニジマスを甘辛く味付けしたもので「つぶら揚げ」というもの。骨ごと食べられるニジマスは、甘辛のたれが絶妙に絡んでおり、噛むと外側のサクサク感と中の身の柔さかが交互に口のなかで躍動し、続けて口へと運んだ釜飯と合わせ、三位一体の完璧な御膳を成していた。

「デンパ先生、明日もここ来ましょう」

「気に入ったみてぇだに? そりゃ、よかったずら」

 釜飯、味噌汁、ニジマスの円揚げの三角食べを再び一巡しようとしたところで、涙目で苦しげなカイザーとツーちゃんが空のコップを突き出して喘いでいた。

「後生だヨ、ハーくん。お水が欲しいアル」

「ハクヤ……貴様のファーストミッションだ。手遅れになる前に、俺らに、水を……」

「面倒くさいなぁこいつら。すみませんがね、デンパ先生。俺が水汲みに行ってる間、ひとつ、このアホどもから俺のご飯を守っててくださいな。特にニジマスね」

「ニジマスか。んだな、誰にも触らせんように、きっちりしまっとくさ」

「監視でお願いします監視で」

 お腹のなかに「しまっておき」でもされたら溜まったものではない。

 念を押しつつ、俺は二人分のコップを持って水のおかわりを取りに行った。

 辺りを見回すと、小さなテーブルにカラカラと氷が打ちつけ合う音のするピッチャーが、水を目一杯入れて待っていた。添えてあった台布巾を横にちょいと退けて、コップを置く。

「あのぅう、すみません……」

 水を注ごうと。

 ピッチャーを手にしたところで、

 どこからか声を掛けられ振り向く。

「すみません。ぶ、不躾なお願い事とは承知の上なのですが。ちょっとの間、お手洗いに行きたいので、わたくしめめの赤ん坊を抱い、ていてはくれませんか?」

 痩せた、髪の長い女性だった。

 やつれた顔、痛んだ髪、ささくれた指先。

 きっと体調でも崩しているのだろう、と。

 俺は咄嗟に赤ん坊を受け取る。

 日焼けした麻のおくるみに包まれ、泣き声ひとつ上げない、おとなしい赤ん坊。

 抱いて少しもしないうちに。

 俺は異変に気づく。

 重い、重過ぎる────ッ‼︎

 到底赤ん坊とは思えない質量。

 刻々と増していく重圧に耐えきれず、俺は片膝を突いた。

 誰か、誰か助けてくれ!

 支えきれない! 赤ん坊を! このままでは落としてしまう!

 そこへ。

「ねー、ハーくん。遅いアル。お水はまだアルカ?」

 小指の先で耳を掻く似非チャイナ娘が、やれやれと待ちくたびれたように歩いてきた。

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