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 かっかっかっ、と。様々な具材を混ぜた丼の白米を掻き込む、規則的で軽快な箸の音。

 賑やかな客の談笑。がやがや。

 てきぱきと、お盆を持って忙しなく動き回る店員の機敏な動作。

 ひしめき合う厨房の喧騒。

 地面よりずいぶん高くなった入り口までのU字スロープ。その上に取り付けられたオーニングによって日差しから守られながら順番を待つこと約二〇分、俺たちはついに大王庵の入り口に掛かった暖簾を潜り、空調のよく効いた店内に足を踏み入れた。

 キャスケットにクリーム色のエプロンをつけた店員に案内され、ほぼ円に近い多角形の木製テーブルに着席するなり、あらかじめ決めてあったメニューを伝える。

「いい感じの場所ですね。なんだ、メニュー以外にもなんかあるなぁ」

「食べ方ガイドアル! よく読んでおくヨロシ? テーブルマナーちゃんとしないと、店主マスターに蹴り出されちゃうネ!」

「本当ですか⁉︎ アットホームな店かと思ったのに、そんな格式ばっているなんて」

「いや嘘だ。参謀の言うことは当てにならないからな。話半分で聞いておくといい」

「あんたがそれ言うのか」

 どちらの話がより眉唾物かというトピックでカイザーとツーちゃんが喧嘩を始めるのを他所に、俺は一枚両面刷りのラミネートされた食べ方ガイド『本わさび飯 〜召し上がり方〜』に目を通した。予算の都合上、四人が注文したのは一番スタンダードなこの『本わさび飯』だが、他にも信州そばがついているものや『信州サーモンとイクラ飯』というものもある。

 四つの工程と完成図の計五枚の写真が載せられたそれは、印字された説明が手書き感のある吹き出しで囲まれており、それぞれの工程を結ぶ矢印は色付きの画用紙を切り抜いたよう。

 俺がまじまじとラミネートメニューを見ていると、ボタンで留められていないダブルカフスを燕尾服の袖ごと捲り上げて、食事の邪魔にならないよう腕のところをスッキリさせたデンパ先生が、今度はワサビグリーンのふわふわの長髪を一つに結えながら口を開く。

「要はさ、ぜ〜んぶ混ぜて醤油ぶっかけりゃええっつうこんよ」

「要した説明要してないのでよしてください」

 趣もへったくれもないまとめ方で、四工程は一言に要約されてしまう。

 水を差された気分で紙をめくるが、裏面は同じ内容が英語で書かれたものだった。

 食べ方ガイドをそっと戻し、代わりに俺は店内をぐるりと見回す。

 大王庵の六角形の建物は、蓋を載せた西洋の鍋を彷彿とさせる見た目をしており──おそらくは屋根付きの煙突なのだろうが──ちゃんと鍋蓋のつまみに当たる部分まであった。

 広々とした空間の内装はというと、木材を基調とした温かみのある明るい色が主であるが、蜘蛛の巣のような梁や角ばった支柱、それに椅子や机の脚が黒いため、ナチュラルな色合いのフローリングと白木の天井に明暗の対比がアクセントとして添えられ、洗練された感じを思わせる。建物を窓ガラスがぐるっと囲んでいるため、天井から吊るされた明かりが控えめでも、差し込む自然光がちょうどいい明るさを実現していた。直射日光が眩しいということがないのは、建物を囲む緑色のオーニングのおかげだろう。

 運ばれてくる料理。

 色彩豊かな御膳。

 まず最初に視界に入ってくるのは、存在感のある大きな二つの茶碗だ。それぞれには、北アルプスの湧き水で釜炊きしたふかふかの白米と、具沢山のおみおつけが盛りつけられている。

 次に視線を惹きつけられるのは、焼肉屋などでたれを入れるのに使う白い三連皿。載っているのは細かく刻んだ海苔、鰹節、小ネギという薬味たち。それなりにたくさん入っているのは、プラス一〇〇円でのご飯おかわりサービスを利用してもらうためか。実際、デンパ先生たちには、半分ずつ使ってご飯を二杯食べるよう勧められた。

 透明の小鉢に入っているのは「ほろっこ漬け」という食べ物で、ワサビの茎を甘酢漬けにしたものだそうだ。大王名物とのことだが、他の薬味ともども温かい釜飯に載せると、その名に恥じない爽快かつ香り高い風味が、立ち上る湯気とともに鼻腔を抜けていく。

 最後はテーブルに備えつけてあった醤油を掛けて、

「いただきます!」

「ちょっと待ちなハクヤ君。だいじなもん、忘れてるじゃねぇか」

 トッピングを全て載せ、何度か掻き混ぜた釜飯を口に運ぼうとしたところで、デンパ先生に止められる。

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