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「『あま()祝詞(のりと)』を進奏するに。ハクヤ君、悪ぃけど、手ぇ貸してくれんかや?」

「もちろんです! 指示を。俺はなにをすれば?」

 八面大王の『本体』は静かに佇んでいたが、その目は柏矢たち四人を確実に捉えようと、ゆっくりと左右に動いていた。

「『天津祝詞』の詠唱は『大祓詞』や『鎮魂詞』以上に時間が掛かるずら」

「囮役がいるってことですね。引きつけておきます!」

「飲み込み早ぇで、ほんと助かるに。ほれ、これ持ってきな。なんぼかは役に立つはずだでな」

 渡されたのは、何枚かのお札だった。

 仰々しい文字が並んでいたが、その実なんと書いてあるか分からない。

 そこで、八面大王の『本体』が動き出す。

 憤怒の表情で、虚空に向かって手を伸ばすと、

 ぬるりと指先から『影』が吹き出し、刀が顕現する。

 御眠とソンはこのような状況での立ち回りを心得ているようで、二人は既に乳房大橋の上、穂高川の対岸へと分散しており、

「先に言うとくけどな、今回の相手っちゃ、安曇野ん中でも出くわすとしたら一番えれぇ怨霊の一つなんさ」

 七、八メートルは裕に超える巨大な刀剣。

 風切り音を伴って、

 それは振り下ろされる。

 間一髪で飛び退き、

「『端物』やそこらの妖怪なんかとは、わけが違うに。ちょっとでも触れられて『けがれ』ちまったらよ……もしかすっと、お祓いも浄めも効かんかもしれんぞ」

 激震。

 飛散する高波のような川の水、岩の大塊、大地の断片。

 地面が叩き割られる音を聞くのは、初めてだった。

「気ぃつけてくれよな、ハクヤ君」

 引き受けたはいいものの、囮役というやつがいかにして実行されるのか、いまいちピンと来ていなかった。

 仲間に向かって「ここは任せて先に行け」と言えばそれっぽいが、どちらかというと囮役より人柱な気がする。

 小学生のときにした鬼ごっこでは、なるべくスリルを味わえるよう付かず離れずの距離を保ちながら鬼を引きつけ続けるということをしたが、あんなのでいいのだろうか。

 ひとまず注意を引こうと、柏矢は腕をブンブン振った。

 ついでに声を掛けてみる。

「おーい、八面大王ッ! こっちこっ────」

 スパッ‼︎ と。

 目にも留まらぬ太刀筋。

 気づけば、巨大な斬撃を浴びせられていた。

「ヒョぇッ! ……、?」

 驚いて立ち竦むも、外傷はなかった。

 気づけば、デンパ先生に渡されたお札が、握った手のなかで粉々になって消えていく。

「気をつけろハクヤ! その防御のお札、許容量以上の損傷を受けると壊れるんだけど、持ってるぶん全部以上の攻撃を食らったら、ちゃんと怪我するぞ!」

 声がした方向へ目をやる。

 他の二人も囮役として分散しているようで、御眠は乳房大橋の上に、ソンは対岸にいた。

「というか。怪我じゃ済まないんじゃないかしら?」

「たしかにな……おいハクヤ! お札何枚もらって何枚残ってる?」

「え、ええと。たぶん五枚もらって、いま残り一枚ですッ!」

 デンパ先生からなるべく離れられるよう、走りながら返答する。

 河岸の向こうで八面大王の気を引きつけようとしていたソンだが、それを聞くなり、ぱたっと動きが止まる。

「……おい、ハクヤ!」

「はいー?」

「お前つぎ食らったら即死だわ!」

「はいッ⁇」

 聞き捨てならなすぎる。

「それなら。私もここにいない方が。いいわね」

 持っていた護りのお札すべてを乳房大橋にくっつけてしまった御眠が、慌ててソンの方へ逃げていく。

 そこへ振り下ろされる大剣。

 御眠は無事だったが、橋を守るお札が次々にと爆ぜて消えていった。

 次に攻撃が加わったら、確実に落ちてしまうだろう。

 その場合、橋の周りに街灯がないため、車が通ったら大変なことになる。

 緊張が走るなか、


 ────九頭龍大神よ。

 ────その御力を我に授け給え。


 なんとか完全進奏が完了したようで、デンパ先生が八面大王の『本体』へ向けて腕を伸ばす。

 しかし、

「こりゃまずいに……困ったずらなぁ……」

「どうしたんです、デンパ先生?」

 不穏なことを言い出すワサビグリーンの魔術師に、柏矢は問う。

「ワサビがな、どうもあたらしゅうねぇんさ…………」

「…………え、」

「元々ちーっと鮮度落ちてたとこに、さっき『端物』払ったばっかでな……これじゃ、ワサビの力、まるっと引き出せんかもしれんに!」

「そんな……」

 そこへ。

 ピカッ! と輝く暖色系の光。

 乳房大橋を、一台の自動車が通り掛かる。

 しっかりと反応する八面大王『本体』。

 柏矢とデンパ先生、御眠とソンがそれぞれ河岸の向こうとこっちにいたが、囮のために鳴らす音も、叫ぶ声にも構わず、橋に向かって大剣を振り上げる。

「やばい、こっち見ないッ⁉︎」

「ハクヤッ‼︎ 御守りだ、御守りッ‼︎」

「えッ、⁉︎」

 そこで、出かける前にソンに渡されたワサビの玉串を思い出し、柏矢は胸のポケットからそれを取り出す。

「これのことですか?」と言うつもりが、先にデンパ先生が動く。


 ────九頭龍大神よ。

 ────その御力を、の者に授け給え。


 直後。

 デンパ先生にまとっていたワサビ色の光が、流れ星のような流線を描いて、柏矢の手元へ飛んできた。

「ハクヤ君! おらのやり方、ちゃんと見て真似してくんなっ!」

 わけも分からないまま、柏矢は力強く頷く。

 彼はワサビグリーンの魔術師が奏上する文言を真似て、叫んだ。


 ────八面大王の魂を鎮め祀れ。

 ────その魂、今は神と成り給いて、信州信濃を守り、豊穣と平安を齎すよう。

 ────畏み畏み白さく。


 柏矢へと移ったワサビ色の光。

 それは玉串を中心にさらに強くなり、

 そして。

 ドバッ‼︎ と。

 半透明の龍が顕現する。

「これが────」

 振り下ろされる大剣。

 期せずして直下を通る車。

 直撃を目前に、 

「────九頭龍大神……」

 八面大王の『本体』は、さらに巨大な九頭龍大神によって飲み込まれた。

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