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氷結の夜明けの果て   作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第1巻:新たな人生
6/50

第5章:影に潜む観察者

数メートル先――

雪に覆われた巨大な松の高い枝の上に、一つの影が身を潜めていた。

その身は、森そのものと同化するかのように静まり返り、まったく動かない。


彼女の瞳は、まるで魔法のように鮮やかな蒼で輝き、

雪を踏みしめながら進む男の姿を、鋭く見つめ続けていた。


「人間……? こんな場所に? それに、あの光の柱……一体、何が起きているの? この場所……何かが違う……」

彼女は、静かに呟いた。


彼女の狼耳は細く鋭く、どんな小さな音も逃さずに捉える。

雪を踏むたびに響く、かすかな音。

木々の間をすり抜ける風のささやき――それらすべてが、彼女の聴覚に届いていた。


白く柔らかい尾が、彼女の思考と呼応するようにゆっくりと揺れ、

その視線は、ひとときも男の姿から離れることはなかった。


枝葉から漏れるかすかな光が、彼女の黒い毛皮に反射し、

淡い青の輝きを纏わせていた。

その幻想的な輝きは、まるで闇の中の灯火のように、彼女の存在を神秘的に彩っていた。


だが彼女は、その光を隠そうとはしなかった。


灰色のマントの下には、機能性に富んだサバイバル用の服を身につけていた。

体にしっかりとフィットするそれは、戦いと生存を前提とした造りであり、

彼女の鍛え上げられた身体を際立たせていた。


露出した腕には、古く深い傷跡がいくつも走っていた。

それは、過去の戦いの記憶――そして、彼女が戦士であることを何よりも物語っていた。

左肩には黒革のショルダーガードが装着されており、それが彼女の熟練ぶりを無言で語っていた。


「今まで見たどの人間とも違う……一人でいるけど……本当に無害なのかしら……」

彼女は警戒心を滲ませながら呟いた。


ゆっくりと息を吸い込み、

その呼吸音すらも聞こえないほどに小さく、制御されたものだった。


手袋をした指が、無意識のうちに枝の表面を撫でる。

その仕草には、集中を保とうとする本能的な癖が滲んでいた。


彼――ヴェイルは、深い雪に足を取られながらも前進を続けていた。

その足取りは不器用だが、そこには確かな意志が感じられた。

彼は明らかに脆弱で、容易に倒れそうだった。

――だが、彼女の目は、なぜかその姿から目を離すことができなかった。


あの光の柱に引き寄せられてきただけ……?

それとも、それ以上の理由があるのだろうか。

彼女の中で、言葉にできない何かがざわめいていた。


「一人で来たのなら……それは、愚かさか……あるいは、恐ろしく危険な存在か……」

冷静な声で、彼女は己に言い聞かせるように呟いた。


唇がかすかに引き結ばれる。

その表情は、思考が高まるごとに微細に変化していた。


目を細め、さらに情報を探ろうとする。

この男は何者なのか?

なぜ、こんな森の奥地――勇者すら足を踏み入れぬこの地に、現れたのか?


「強くはなさそう……でも、恐れていない。状況を考えても……今ごろ凍死していてもおかしくないのに……」

彼女は鋭く観察しながら、言葉を漏らした。


そのとき、木々の間を激しい風が吹き抜けた。

無数の雪片が乱舞し、景色が一瞬にしてかき乱される。

だが彼女は、微動だにしなかった。


冬の嵐の中にあっても、静止した像のように――

まさに、静寂の要塞。


その眼差しは、いまだ彼から離れることなく、

一挙手一投足を逃さずに捉えていた。


不器用なその動きの中に、彼女は何かを感じていた。

目に見えぬ何か、言葉にならぬ秘密。

まだ、それが何なのかは分からない。だが――


彼女は、マントを指でそっと直した。

その指先の動きは、まるで呼吸のように自然で、音ひとつ立てることはなかった。


「なぜ彼なの……? なぜ今……? あの光の柱……きっと、彼はそれに関係してる。けど、どうやって……?」

彼女は、小さく吐息を漏らした。


彼女は目を細め、まるで視線だけで彼の謎を解き明かそうとするかのように、

その動きを見つめていた。


男の足取りは重く、そして不器用だった。

深い雪に足を取られながらも、彼は一歩一歩、確かな跡を残して進んでいく。

その足跡は、まるで危険を招く誘いのようだった。

だが、それでも彼は進み続けていた。あたかも、避けられぬ運命を拒むかのように。


「本来なら……とっくに凍えて死んでいるはず。

こんな場所で、生き延びるのは不可能なはずなのに……それでも彼は進んでいる。偶然……? それとも……何かがあるの……?」

彼女は、眉をひそめながら思索を深めた。


その時、ほとんど気づかれないような微細な揺らぎが彼女の感覚をかすめた。

狼耳がほんのわずかに角度を変え、左の方向に注意を向ける。

――人間には到底聞こえないほどの、微かな音。


遠くで枝がきしむ音か、それとも風の気まぐれな囁きか。

彼女の全身がわずかに緊張し、いつでも動けるよう備えた。


……だが、何も起こらなかった。


聞こえてきたのは、風のうなりと、雪に軋む木々のわずかな震えのみ。

彼女は数秒の沈黙の後、ゆっくりと緊張を解き、再び冷静な観察者の姿勢へと戻った。


「この森を生き延びるような者なら……監視する価値はあるかもね。

でも、あの柱はいったい……何のために? なぜ今? なぜ、ここで……?」

彼女は、慎重さを滲ませながらも興味を隠せない口調で呟いた。


その言葉と共に、彼女はゆっくりと姿勢を正した。

高い枝の上、黒くしなやかなその姿は、白銀の世界に対する異質な存在でありながら、同時に完璧に溶け込んでいた。

裸足の足先が枝に触れたときの動きは、夢のように静かだった。


そして、まるで一枚の影が流れるように、彼女は枝から枝へと跳躍した。

完璧に制御された動き――それは重力すら忘れさせるほど滑らかだった。


枝に触れるたびに雪が舞い散るが、音は一切しない。

彼女は木々の間を流れる影。雪に紛れる幻。

その存在はまさに「気配」だけであり、音も、重さも持たなかった。


ある程度距離を取ったと判断すると、彼女は再び枝の上に止まった。

そこは他の何者にも見つかりようのない場所。


その瞳が、闇の中でかすかに輝く。

まるで、冬の夜空に浮かぶ星の欠片のように、鋭く、美しく。


風が再び木々の間を駆け抜けた。

枝の針葉がわずかに揺れ、彼女の通った痕跡すら、自然の中にかき消されていく。


――そして、彼女は消えた。


冬の静寂に溶け込むように、

まるで初めから、そこにはいなかったかのように。

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