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氷結の夜明けの果て (R16)  作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第2巻:ダンジョンの影 Pt.1
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第31章:侵すことなき岩のごとく

石像が突如として赤く光り出した。

ひび割れた表面を、まるで燃え上がる血管のように真紅の筋が這い回り、脈打つように脈動している。

その目が、炎を灯したようにぎらりと輝いたかと思うと――

次の瞬間、ヴェイルの方へと首を向けた。彼は、うっかりと踏み込んでしまった床の上に、まだ立ち尽くしていた。


その異変にいち早く気づいたアリニアは、すぐさま石像の背後にある巨大な扉に目を向けた。

扉の上部に刻まれていた最初の紋章が、かすかに光を帯びているのを見て取る。


「動いた……。全部の床を起動すれば、この扉が開くってことね……」


彼女は安堵したように呟いたが、それを遮るように――


ドンッ!!!


轟音が洞窟内に鳴り響く。

石像が一歩、前に踏み出したのだ。

その巨大な足が地面を砕き、周囲の石を粉々に吹き飛ばす。

手に持つ槍が地面を打ちつけられ、まるで戦槌のような衝撃が走った。


「ちびオオカミっ! 急いで、全部の床を踏みなさいっ! 紋章を見て! ちゃんと反応してるわよ!」


アリニアは叫びながら、扉上の光る紋章を指差す。

だが、その目線はすぐに石像へと戻された。

彼女は迷うことなく駆け出す。

その巨大な敵の注意を、自らに引きつけるために――


石像の一歩ごとに地面は揺れ、轟音とともに亀裂が走っていく。


「急いでっ! 床が壊されたら、ここから出られなくなるわよ!!」


彼女は怒鳴りながら全力で走り、ついに石像の目前に迫った。

そして――跳ぶ。

その巨足に向かって飛びかかり、鋭く伸びた爪が閃光を放つ。


ガキィンッ!!


岩肌と爪が擦れ合い、火花が散った。

だが、その表面はまるで金属のように硬い。


「……まるで鎧よ……。それでも、止めなきゃ……!」


悔しげに唸りながらも、アリニアは体勢を立て直し、再び構える。


一方その頃、ヴェイルは壁の模様を凝視していた。

目を凝らし、次に光らせるべき紋章を見つけ出す。

複雑な線が刻まれたその模様は、先ほどのとは別のものだった。


(……道順が変わってる……! アリニアが通った場所じゃ、もう通用しない……)


彼は意識を集中させ、周囲の床を睨むように見渡す。

そして――見つけた。

左手側、わずかに奥まった場所に、目的の紋章が刻まれた床があった。


ヴェイルはすぐさま駆け出し、勢いよくその床に飛び乗る。


ピシィッ――


真紅の光が床面を走り、上の扉に刻まれた紋章の輝きが一段と強くなる。


(……よしっ!)


ほっとしたのも束の間――


「続けてっ、ちびオオカミ! 休む暇なんてないわよ!!」


アリニアの声が再び響いた。

その声は、ただの檄ではない。

迫る脅威と、わずかな希望を繋ぐ、決死の叫びだった。


石像の足が振り下ろされる直前――

アリニアは軽やかに跳び上がり、かろうじてその一撃を避けた。

彼女がいた場所を、巨大な足が粉砕し、床は見るも無惨に砕け散った。


「床が……壊されたら終わりだ……!」


ヴェイルは強張った声で呟いた。


彼の視線は再び壁へ向けられ、複雑に刻まれた模様の中から、次の紋章を必死に探し始める。

一方でアリニアは、石像の注意を引き続けるために奔走していた。

それが、床への接近を阻む唯一の手段だった。


ゴォオオォンッ!!


石像が持ち上げた槍が、再び地面を叩きつける。

耳をつんざく轟音と共に、地面が砕け散る。

その直前までアリニアが立っていた場所だった。


ヴェイルは思わずその光景に目を奪われる。

濛々と舞い上がる粉塵が視界を覆い、彼の心に不安が広がっていく。


「アリニア! 大丈夫かっ!?」


叫んだその声に、応えるように響いたのは――


「動きなさいよ、ちびオオカミっ!! このままじゃ、あたしがミンチになるっ!!」


怒鳴るような声だった。

だが、それは確かに、彼女の力強い生の証だった。


歯を食いしばり、ヴェイルは壁の模様に再び視線を戻す。

そして――見つけた。


(あれだ……!)


床の少し先、刻まれた紋章と一致するパネルが見える。


彼は即座に駆け出し、跳び乗った。


床が赤く輝き、扉上の紋章が新たに光を放つ。

だが――


その瞬間、強烈な衝撃が背後から襲いかかった。

石像の槍が地面に叩きつけられ、広がった衝撃波が彼の足元を揺らしたのだ。

体勢を崩したヴェイルは、次の瞬間、隣のパネルに倒れ込んでしまう。


――カチッ。


機械的で不吉な音が空間に響き渡る。


直後、黒く鋭い杭が走る閃光のごとく飛び出し、通路を横切った。


ゴシュッ!!


壁に突き刺さり、石を砕く衝撃が響く。


「な、なんだ今のはっ……!?」


ヴェイルは荒い息を吐きながら、目を見開いた。

今のは……罠だった。


彼の手足が震える。

あのまま少しでもタイミングが違っていれば――確実に串刺しになっていた。


アリニアは、依然として石像の猛攻と対峙していた。

巻き上がる砂塵と破片の中、彼女はなおも集中を切らさずに動いている。


「アリニアッ! 扉を確認してくれ! こっちからはもう見えないんだっ!!」


必死の声に、アリニアの耳がぴくりと反応する。

彼女はすぐさま振り返り、扉の上に目をやる。


「……光ってるわ。でも……赤いラインが増えてる……? ちょっと、ちびオオカミ! 何したのよっ!?」


彼女の声は、驚きと怒気を孕んでいた。

だが、その裏には確かな警戒が滲んでいた。

何かが――変わり始めている。


石像の足が、地面を薙ぐように襲いかかる――

アリニアは間一髪でその攻撃をかわし、爪を床に滑らせながら体勢を立て直した。


「踏んじゃったんだ! 衝撃で、間違った床をっ!」


ヴェイルは焦りながら叫ぶ。


「ちびオオカミ、こっちは全部受け持ってるのよ! ちゃんとしなさい、ここでは一つのミスが命取りなのよ!!」


苛立ちを露わにしたアリニアの声が、響いた。

彼女はすぐに石像から距離を取りつつ、必死に思考を巡らせる。


(あの赤い線……もしあれが別の意味を持ってるなら……私たち、本当に危ないかも……。

この像を床に近づけさせるわけにはいかない。何があっても……止めなきゃ……)


息を荒げながら、彼女は再び石像の前に立ちはだかる。


一方、ヴェイルは大きく息を吸い、震える呼吸を無理やり落ち着けた。


(集中しろ……もう、これ以上の失敗は許されない……)


彼は再び壁の模様に目を向ける。

視界がぶれそうになる中、必死に次の紋章を探し出す。

時間が伸びきったかのように、重苦しく、焦燥が全身を締め付ける。


やがて――

彼の目が、次の紋章を捉える。


床を見渡し、対応するパネルを発見するや否や、ためらわずに跳び出した。


着地と同時に、床が真紅の光を放つ。

扉の上に新たな紋章が灯る。


(よし、これで……)


彼の目は、再びアリニアへと向いた。


彼女はなおも石像の注意を引きつけていたが、その動きにはかつての鋭さが失われつつあった。

呼吸は荒く、肩が上下に揺れている。


(疲れてる……このままじゃ、もたない……)


「……急がなきゃ……!」


ヴェイルは唇を噛み締め、次の紋章を探す。


石像は、その巨体に似合わぬ速度で迫ってくる。

そのたびに地面が震え、石片が宙を舞う。

アリニアの足取りも、次第に鈍ってきていた。


(あと少し……あと少しだけ耐えてくれ……!)


アリニアもまた、必死に立っていた。


(もう少し……もう少しだけで……)


彼女は心の中で、何度も自分を鼓舞する。

だが、距離はどんどん縮まっていた。

石像の足をかすめるように攻撃をかわすと――

今度は、槍の先端が地面を抉りながら、自分の方へと滑ってくるのが見えた。


(……無理……避けられない――!)


視界が揺れる。

疲労した身体が、限界を迎えようとしていた。


巨大な武器の影が目前まで迫る――

そのとき、アリニアの胸を、一つの儚い想いがかすめた。


《ごめんね、ちびオオカミ……もう、これ以上は……耐えられない……》


そう呟くように心の中で詫びると、彼女は目を閉じた。

全てを受け入れる覚悟を、その瞬間に決めていた。


――ゴンッ!


金属がぶつかり合う、重々しい音が部屋中に鳴り響いた。


アリニアの瞼が、はっと見開かれる。

目の前の景色が、信じられない光景を映し出していた。


石像が――止まっていた。


その武器は、彼女の身体に触れる寸前で静止している。

ほんの数センチ、ほんの一瞬の差。


赤く脈打っていた石像の体表の光は、徐々にその輝きを失っていく。

やがて、赤い筋は完全に消え、岩肌に亀裂が走り始めた。

ぱき……ぱきぱき……

乾いた音と共に、巨大な石の巨体は崩れ、ただの岩と化した。


アリニアはその場で固まったまま、長い沈黙の後、ふうっと息を吐いた。


「……何が……今の……どうして止まったの……?」


呆然と呟いたその時、背後から急いで駆け寄る足音が響く。

そして――そっと、肩に手が添えられた。


「終わったよ、アリニア。……ちゃんと、やった。」


ヴェイルの声だった。

かすかに笑みを浮かべたその表情に、彼女はようやく正気を取り戻す。


見上げると、彼の顔が目の前にある。

彼女は息を整えながら、ふっと口元を緩めた。


「……やっとね、ちびオオカミ。

もう少し遅かったら、私が床全部踏みに行く羽目になるとこだったわ。」


からかうような口ぶりに、だがその声には確かな安堵が宿っていた。

疲労が全身を包む中でも、彼女の唇にはほのかな笑みが浮かぶ。


そして、その視線が、ゆっくりと部屋の奥――

巨大な扉へと向けられた。


――カチリ。


澄んだ、だが確かな金属音が空間に響く。

扉が、わずかに動いた。


鍵が、解除されたのだ。


二人の前に、新たな道が開かれようとしていた。


「……少し、休む?」


ヴェイルが尋ねた。

その声音には、ほんの少しの冗談と、確かな気遣いが混ざっていた。


「……いいえ。進みましょう。

どれだけ猶予があるかも分からないし、ここに長くいれば、それだけ弱るだけ。」


アリニアは落ち着いた声で、しかし迷いなく答えた。


二人は、ゆっくりと扉へと向かう。

ひび割れた床の上を、足音だけが静かに響いていた。


扉の向こうに待っていたのは、またしても下へと続く螺旋階段。

前の階層と同じように、深く、果てしなく、地下へと続いていた。


「……ま、いざってとき死んでも、もう地下だしな。

墓を掘る手間だけは省けるってもんだ。」


疲れた笑みを浮かべながら、ヴェイルが呟く。


アリニアはわずかに目を細め、そして――ふっと笑った。


「くだらないこと言ってないで、さっさと歩きなさいよ。ちびオオカミ。」


呆れたような、けれどどこか優しい声だった。


二人は並んで、暗き階段を降り始める。

足音が一歩ずつ、沈黙の中に吸い込まれていく。


先に何が待つのか――

その正体は、まだ誰にも分からない。


「この先、もっと厄介になるとしたら……今度は、何が出てくるのかしら……」


アリニアが低く呟いた。

その声には、わずかな警戒と――闘志が滲んでいた。


「何が来たって、行くしかない。

……絶対に、最後まで辿り着く。」


ヴェイルは心の中で誓うように、小さく言った。

彼の目には、揺るぎない光が宿っていた。


そして二人は、静かに、だが確かに――

次の試練へと歩を進めていった。

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