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氷結の夜明けの果て (R16)  作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第2巻:ダンジョンの影 Pt.1
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第28章:第二の試練――視覚

階段を下りた先。

アリニアが扉を開くと、そこに広がっていたのは――


完全なる闇だった。


壁も、床も、天井すらも存在を感じさせない。

すべてが飲み込まれたような暗黒。

どこまでが空間で、どこからが虚無なのか、まるで判別できない。


アリニアは振り返り、ヴェイルに視線を送った。

その瞳には、不安と警戒が入り混じっていた。


「もしかしたら……最初の部屋みたいに、進めば明かりがつくかも」

どこか自分に言い聞かせるような、弱々しい声だった。


ヴェイルは頷く。

だが、内心では期待していなかった。


「ここまで来て、急に優しくなるわけがないだろ……」

彼は低く呟いた。


慎重に一歩、また一歩と中へ入る。

その瞬間――


バンッ!


背後で扉が閉まる音が、重く響いた。

廊下の光が消え、完全な暗闇が二人を包み込む。


空気が、変わる。

重く、息苦しく、圧迫感すらある。


「アリニア……何が起きた?」

ヴェイルの声に、緊張が滲む。


「私もここよ。扉が閉まった……今の私たち、完全にこの闇に閉じ込められたわ」

アリニアの返答はすぐだった。冷静さを保っている――ように聞こえた。


深い沈黙が訪れる。

唯一の音は、二人の呼吸。

その一つ一つが、異様なほど大きく感じられた。


アリニアはゆっくりと手を伸ばし、周囲を探る。


「……何もない。壁も障害物も、何も。まるで空間そのものが存在してないみたい」


一歩、また一歩。

足元の感覚すら不確かで、歩を進めるほどに不安が増していく。


「手を握ってくれ。見えなくても、離れなければ済むから」

ヴェイルは静かに、だがはっきりと提案した。


アリニアは、一瞬だけためらった。

この状況では当然の行動――そう分かっていても、心のどこかが揺れる。


「変なことしたら、爪の一撃で即死よ、ちびオオカミ」

少しだけ冗談を交えた声で、けれど本気の警告。


「こんな時でも冗談言えるんだな」

ヴェイルは苦笑する。もちろん、彼女には見えない。


二人は手探りで、互いを探す。

指先が冷たい空気をかき分け、慎重に、静かに、相手を求める。


その時。


――触れた。


ほんのり温かく、柔らかい感触。


「……見つけた」

ヴェイルは安堵を込めて、そう囁いた。


アリニアもまた、手に伝わる温もりを感じ取った。

彼女はしっかりとヴェイルの指を握り返す。

その動きには、闇に屈しない強さが込められていた。


「少なくとも、これで離れずにすむ。……それだけでも安心ね」

彼女の声には、わずかな安堵と、警戒の色が混ざっていた。


その手のぬくもりは――

深く、重く、すべてを奪っていくかのような闇の中で、

確かに彼らをつなぎとめていた。


ヴェイルは、またもや苦笑した。

もちろん、彼女には見えない。


二人は慎重に足を運びながら、もう片方の手で空間を探る。

何かに触れることを期待して――そして、何かに触れてしまうことを恐れて。


「……この状況で、何かを探せって言われても無理だろ……」

ヴェイルの不満混じりの声には、心細さも滲んでいた。


アリニアが口を開こうとした、そのとき――


ふわり。


天井に、微かな光が灯る。

それはまるで星のように淡く、儚く脈打つ。


その光はごく小さく、そして低い。

天井もまた、思ったより近く感じられた。

だが、光が照らす範囲はあまりにも狭く、足元には届かない。

闇は、相変わらずその場を支配していた。


「……何かのサイン? 前の部屋の石板みたいな……」

アリニアが小さく呟く。


彼女はヴェイルの手を軽く握り直し、そしてゆっくりと離した。


「ちびオオカミ、短剣を構えて」


その声は低く、だが確固たる命令だった。


「もしこの光が何かを起動させて、敵が現れたら――即応できるように」


ヴェイルは頷き、静かに刃を引き抜いた。

今回は反響音がないため、静寂は破られない。


アリニアは上空の光をじっと見つめていた。

その瞳に映るのは、恐れと決意。


「この暗闇で戦闘になったら……さっきみたいにはいかない。どちらかが倒れる」

そう呟く声に、迷いはなかった。


アリニアは深く息を吸い込む。

闇に押し潰されそうな意識を、無理やり集中へと引き戻す。


そして、そっと手を伸ばす。


その光に指先が触れた。

温かい――だが、どこか現実味のない感触。


ボタンも、仕掛けも、反応も――何もない。

ただ、ふんわりとした微かな熱が、指に伝わるのみ。


「……仕掛けじゃない? じゃあ、これはいったい……」

困惑したように、彼女は手を引いた。


その瞬間。


光が反応を見せた。


小さな光源から、細く輝く線がすうっと伸びていく。

その先に、また新たな光点がぽつりと灯る。


次々と、天井に小さな光が現れる。


それらは部屋を照らすには弱すぎるが、

まるで星座を描くように、複雑な図形を紡いでいく。


「……これって、何かの記号……それとも、形……?」

ヴェイルが、息を呑みながら呟いた。


その声は、まるで夜空を見上げる少年のように――わずかな希望と好奇心を含んでいた。


アリニアは何も言わず、ただ頷いた。

その目は、頭上に浮かぶ光の構造から離れない。


淡く光る線が、次々と分岐し、新たな光点へと繋がっていく。

そのひとつひとつが、まるで天井に描かれる精密な文様のようだった。


「綺麗……だけど、整いすぎてる。罠か、試練の一部……」

アリニアの声には、鋭い警戒心が混ざっていた。


その時だった。


光の流れが、唐突に停止する。

最後の光点が静かに灯り、構造が完成した。


――カチッ。


乾いた音が、空間を切り裂くように響いた。


直後、叫び声。


それは、人間のものにも聞こえる、苦痛と恐怖をはらんだ叫びだった。


アリニアの表情が強張る。

耳がぴくりと動き、彼女の全神経が音の発生源に集中した。


「……ちびオオカミ。何かが来る」

彼女の声は、緊張に満ちていた。


ヴェイルはアリニアを見ず、視線を天井へ向けたまま答える。


「上を見ろ」


その言葉に、アリニアも天井へ視線を向ける。


いくつかの光点が、線から切り離されるようにふわりと浮かび上がる。

一瞬だけ宙に漂い、また静かに別の場所へ移動する。


それは一定のリズムで繰り返されるように見えた。

だが、意味までは分からない。


「……なんだこの光の動きは。意味があるはず……でも、なにを示してる?」

ヴェイルの言葉が、微かな疑念と混乱をにじませる。


――その瞬間。


天井を横切るように、巨大な影が走った。


その動きに伴って、いくつかの光点が揺れる。


「今の……何!?」

アリニアの声に、明らかな動揺が混じる。


次の叫び声は、先ほどよりも近く、そして大きかった。

微かに照らされた二人の顔が、互いに不安を共有する。


「――構えろ」

ヴェイルは短く命じた。


アリニアは息を潜め、辺りを見回す。

その鋭敏な感覚が告げていた。


――何かがいる。


暗闇の奥、確かに気配がある。


耳をすませ、細かな空気の流れすら感じ取る。

その「何か」は、天井を移動していた。


足音も音もない。

だが、それが動くたび、周囲の空気がわずかに揺れる。


さらに――


光の糸。

それが、影に触れるたび一瞬だけ暗くなる。


「……いた。光が消える場所が、あいつの通り道」

アリニアは低く、静かに告げた。


ヴェイルは隣で構えながら、迷いをにじませる。


「でも……あれ、早すぎる。どうすれば……?」


彼女が口を開いた、その瞬間だった。


――直感。


全身に走る違和感に、アリニアの身体が反応する。


「ヴェイル!!」


彼女は全力で彼の身体を突き飛ばした。


――ドガァン!!


激しい衝撃音が、空間に響いた。


天井から伸びた巨大な黒い腕。

それが、彼らがいた場所を正確に叩き潰す。


わずかでも遅れていれば、直撃だった。


「っ……!」

ヴェイルは転がりながら状況を把握し、息を呑んだ。


アリニアの背は、まだ彼の前にある。


彼女の瞳は、すでに次の攻撃に備えていた。


「な、なんだったんだ、今のはっ!?」


床に倒れたまま、ヴェイルが息を切らしながら叫ぶ。


アリニアは答えなかった。


代わりに、すぐさま立ち上がり、爪を伸ばす。

素早く、正確な動作で、天井へと戻ろうとする影を斬りつけた。


だが――


スカッ。


手応えは、なかった。

まるで空気を切っただけのように、腕が虚空を滑る。


「……なんで!? 触れたはずなのに、どうして!?」


混乱しながらも、アリニアは身を引き、影から距離を取る。

その目は、闇に溶ける黒い気配を捉え続けていた。


ヴェイルもまた、身体を起こしながら遠くを睨む。


「アリニア! ……あっちにも、もう一体いる!」


彼の警告に、アリニアはすぐさま耳を研ぎ澄ませた。


――聞こえる。

ひとつはさっきの攻撃者、そしてもうひとつ。

別の場所で、別の動きが。


「二体……いや、もっといるかもしれない」


そして、同時に襲ってくる速度を考えれば――反応は間に合わない。


彼女はヴェイルを見据える。

その表情には、静かな焦りと冷たい決意。


「……ちびオオカミ。攻撃しないで」

その声は鋭く、はっきりとした命令だった。


「えっ? どういうことだ?」


ヴェイルは困惑する。


アリニアは目を向けたまま、さらに強い語気で言い放った。


「……あれは、物理的な存在じゃない。影よ。ただの“形”」


「触れられないものを斬ろうとするな。無駄に疲弊するだけ」


その言葉に、ヴェイルは戸惑いながらも動きを止める。


「でも、さっきは確かに地面を叩きつけてきたじゃないか……!」


アリニアは即座に返す。


「“動き”はある。でも“実体”じゃない。闇を媒介にしてる。闇の中でしか力を持たない存在なのよ」


「それを追いかければ、逆に隙を晒す」


言葉はヴェイルの中に徐々に染み込んでいく。

彼はわずかに眉をひそめ、だが最終的に頷いた。


「……わかった。攻撃はやめる」

だが、その手の中の短剣には、いまだ緊張が残っている。


「じゃあ、どうするんだ?」


その問いに、アリニアはすぐには答えられなかった。

考えろ。見極めろ。突破口を。


彼女の思考が加速する。


「……奴らは闇の中でしか動けない。だったら――光」


「光さえあれば、奴らの居場所を奪えるかもしれない」


だが、この空間には光が少なすぎる。


どうやって使う?

どうやって闇を破る?


アリニアの視線は、再び天井へ。


そこに浮かぶ、無数の光の糸。

――これを利用できないか?


アリニアの目が細められる。

その中に、わずかな光明を探していた。

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