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氷結の夜明けの果て (R16)  作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第1巻:新たな人生
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第20章:輝くふたりの共闘

熊は鋭い黄色の眼で二人を睨みつけていた。その視線には、明確な殺意が宿っていた。


「グォオオォォォォ……!!」


深く響く咆哮が、凍てついた森の静寂を引き裂いた。

雷鳴のような音と共に、巨体が勢いよく突進してくる。

踏み出すたびに地面が震え、四方に雪の塊が弾け飛んだ。


アリニアとヴェイルは反射的に左右へ飛び退いた。

間一髪で突撃をかわした二人の間を、熊が猛烈な勢いで通り抜ける。


「ガァァッ!!」


雪原を掘り返すような足取りで地面に爪を突き立て、熊は勢いを殺した。


「今よっ!!」


アリニアが一気に跳びかかる。

しなやかな身体が弧を描き、熊の左前脚へと舞い降りた。


キィィィン――


差し込む光を受けて、アリニアの爪が一瞬きらめく。

そのまま分厚い毛皮を裂き、肉に深く食い込んだ。


「グオォォォォォォ!!」


苦痛の唸りが響き渡る。

熊は怒りにまかせて振り返り、燃えるような目でアリニアを睨みつけた。


「ちびオオカミっ、攻撃するか、風を使って援護して!」

アリニアが怒号を飛ばす。


だが――ヴェイルは動けなかった。


熊はアリニアに標的を定め、再び突進を開始する。

負傷しているはずなのに、その巨体は怯むどころかさらに迫力を増していた。


雪煙が舞い上がり、視界がほとんど白に染まる。

だが、その中でヴェイルの目は確かに見ていた。


赤い筋――アリニアの攻撃が確かに効果を与えた証。


アリニアは驚異的な速度で木々を駆け、

まるで舞うように幹から幹へ飛び移っていた。


彼女の動きは正確で、美しかった。

一瞬の油断もない。どんなに接近されようと、彼女は間違いなく熊の攻撃をかわし続けていた。


「……足の使い方……着地の感覚……なんだこれ、すげぇ……」

思わず、ヴェイルは口にした。


「そうか……マナと足、そして風……繋げれば……どうして今まで気づかなかったんだ……!」


閃いた。

雷に打たれたような衝撃が脳を貫いた。


「やれる……やらなきゃ……アリニアにできて、俺にできない理由なんて、ない!」


自分の頭を軽く叩きながら、ヴェイルは走り続ける。

熊の周囲を円を描くように移動しながら、マナの流れを整えていく。


目を閉じる。風の感覚に意識を集中する。

足元から巻き上がる空気の流れと、自分の呼吸を重ね合わせるように。


しかし、実際に動かそうとすると、それは簡単なことではなかった。


その間にも、アリニアは熊との距離を絶妙に保ちつつ戦っていた。

視線を何度もヴェイルに送っていた。


(なにしてるの、ちびオオカミ……)


そんな声が聞こえてきそうな、鋭い目だった。

だが、彼はすでに動き始めていた――


次の瞬間、風が僅かに流れを変えた。


「ちびオオカミ、いつまでぐるぐる回ってるの!? 何かしなさいよっ!」

苛立ちを隠しきれない声が、雪原に響く。


「分かってる! 方法は……分かってるのに、うまくいかないんだよ!」


息を切らしながら、ヴェイルが叫び返す。

だがその内心では、もっと別の思いが渦巻いていた。


(あんなバケモノの爪を避けながら、使ったこともない力を発動しろって……ムチャだろ……)


それでも。

アリニアが一人で戦い続けている姿が、ヴェイルの胸を強く締めつけていた。


(彼女は……俺を育ててくれた。命を救ってくれた。見捨てようと思えば、いつだってできたのに……)


(なのに、今の俺は……見てるだけかよ……!)


ピタリと、足を止める。


「ちびオオカミ、なにやってんの!? 動いてっ!!」


悲鳴に近い叫びが飛ぶ。

だが、ヴェイルの耳には届いていなかった。


目を閉じる。

意識を、ただ一つ――足元に集める。


風。

マナ。

呼吸。


その全てが、自分の中で一つに溶け合っていく感覚。


熊は、ゆっくりとヴェイルの方へと顔を向けた。

狙いを定めるように、怒りに満ちた瞳が彼を射抜く。


そして、再び突進が始まる。


地を揺るがす勢いで、熊が迫る。

その向こうで、アリニアが走り出す――だが、間に合わない。


「なんで……なんで動かないのよ、ヴェイル……!!」


彼女の声は震えていた。

理解できない恐怖が、心を蝕んでいた。


その時、ヴェイルの足元で風が静かに渦を巻き始めた。

マナが彼の中で優しく、しかし力強く流れ出す。


「ちびオオカミッ!! 来るっ!!」


三メートル。


風が激しく吹き上がり、雪が舞い上がる。


二メートル。


足元から、温もりが駆け上がっていく。

胸の奥まで届くような、確かな力。


一メートル。


ヴェイルが、足を一歩踏み出した。

その動きは、もはや本能に近かった。


――風と共にある一歩。


アリニアが叫びながら駆け寄る。

彼女の中に、恐怖が渦巻く。


ゼロメートル。


熊の巨大な前脚が振り下ろされる。

空気が震え、空間が歪む。


――ドガァァァァン!!


ヴェイルの姿が、かき消えた。


そして次の瞬間。


彼は、十メートル先に現れた。

風に弾かれるように、ふわりと、だが激しく。


「……やった……!」


小さく、勝利の息を吐く。


しかしその直後。


「うわっ!?」


そのままの勢いで木に激突した。

全身がきしみ、衝撃が体中を駆け抜ける。


ぐらりと体が傾き、雪の上に崩れ落ちた。


「ヴェイル!!」


アリニアが駆け寄る。

胸が痛むほど脈打ち、声が裏返るほどの焦燥が彼女を突き動かした。


彼女の瞳には、倒れ伏すちびオオカミの姿しか映っていなかった。


その間にも、熊は再び動きを止めていた。

まるで、先ほどの出来事を理解できずに困惑しているかのように。


アリニアは倒れたままのヴェイルに駆け寄り、その隣に膝をついた。

彼の顔を見つめる目には焦りがあったが、今は彼の状態を案じている暇などなかった。


「ちびオオカミ、立って。時間がないわ。」

その声には緊迫感が滲んでいた。


ヴェイルはまだ息を整えられずにいたが、震える足に力を込め、アリニアの手を借りてなんとか起き上がった。


「……見たか……? アリニア……オレ……やったんだ……!」


息も絶え絶えに、それでも誇らしげに笑うヴェイル。

その目は、不思議な高揚に輝いていた。


「ふふ……」


思わずアリニアも、口元を緩めて微笑んだ。

だが――


「グルルル……」


すぐ背後から響いた、低く重い唸り声。

その瞬間、彼女の表情は一変する。


「よし、ちびオオカミ。上出来よ。次は……木に突っ込まないようにね。」

わずかに皮肉を混ぜたその声に、ヴェイルも苦笑を浮かべた。


だが、アリニアの目はすでに鋭さを取り戻していた。

獣のような本能と、冷徹な判断が宿る視線。


「気を引いて。狙うなら脚よ。あそこは毛が薄い。チャンスになる。」


そう告げると、彼女は返事を待たずにその場を離れた。

音もなく右へと跳び、木々の間に消えていく。


「……この感覚……この熱……」


ヴェイルは深く息を吸い込んだ。


「制御しろ。ミスは許されない。次は、絶対に決める……!」


呟きながら、一歩を踏み出す。

その歩みには、もはや迷いはなかった。


熊が彼を捉える。


「グォオォォッ!!」


怒りに満ちた咆哮をあげ、猛然と突っ込んでくる。

雪が跳ね、木の枝が弾け飛ぶ。


「……風だ。感じろ……導け……!」


必死に集中する。


マナが体内を巡る。

その気配はすでに馴染んだもの――


熊の爪が届く寸前、ヴェイルの身体が風と共に弾けた。


「っ……!」


右へ跳躍。

まるで空気そのものに押し出されるように、滑らかに地を離れる。


熊の攻撃は空を切り、その巨体はわずかにバランスを崩した。


――その一瞬。


「――ッ!」


アリニアが現れる。

木の上から飛び出し、刃を振り下ろす。


ザシュッ!!


鋭い一閃が、熊の後脚を深く裂いた。


「グオォォォォォォッ!!」


断末魔のような咆哮が、あたりの空気を震わせる。

木々の枝が揺れ、白い雪が滝のように降り注いだ。


その雪の静寂は、戦いの余韻を際立たせていた。


熊はよろめきながら後退した。

その動きは重く、鈍く――まるで撤退するかのように見えた。


だが、それは誤りだった。


熊は一歩、また一歩と巨大な樹のもとへと向かい――


「……何を……?」


ヴェイルが、息を呑んでつぶやく。


熊は両前脚を木の幹にかけ、そのまま全体重をかけていく。

ミシミシと木が軋む、不気味な音が辺りに響き渡る。


そして――


ゴギィッ!!


その巨躯から想像できないような力で、熊は木を根元から引き抜いた。


「うそ……!」


アリニアの叫びと同時に、木が弧を描いて飛んでくる。

それは、正確に彼女を狙っていた。


彼女はとっさに横へと飛び、雪の中で転がる。

かろうじて直撃は避けた――


だが、完全に避けきれたわけではなかった。


ズドォンッ!!


地響きとともに大木が雪を巻き上げ、地面に突き刺さる。


(――近い……!)


アリニアが立ち上がる暇もなく、熊がすでに着地して突進を始めていた。


荒れた息を吐きながら、彼女は横へと走る。

熊は彼女を見失うことなく追い続け――


数メートル手前で停止した。

その目は、冷たい炎のように静かに燃えていた。


やがて、彼女はヴェイルの元へとたどり着く。

肩で息をしながら、彼を真っすぐに見据える。


「ちびオオカミ……もう決着をつけるしかない。これ以上は……もたないわ。」


その声に、彼は力強く頷いた。

迷いのない瞳が返される。


互いに息が荒い。

脚は重く、肺は焼けつくようだった。

先ほどの言葉は、ただの気合ではない――現実だった。


「くそ……マナが……」


ヴェイルは痛みをこらえながら、震える拳を握る。

風の力を使うたび、体力は急激に削られていった。


アリニアもまた、眉を寄せながら熊を凝視する。

策はあるか? 打開の一手は?


だが、何一つ見えてこない。


真正面からの攻撃は通じない。

そしてこの速度、この体力――


「全然、疲れてる様子がない……」


熊の呼吸は整っていた。

むしろ、これからが本番とでも言いたげな気迫があった。


蒸気のような息が吐かれ、白い空気に溶けていく。

それが、まるで狼煙のように彼らの前に立ち塞がっていた。


静寂――


風が吹き抜け、降り積もった雪が音もなく舞う。

熊の肩がわずかに揺れる。

それだけで、次の一手が迫っていることが分かった。


アリニアとヴェイルは目を合わせた。


その中に、覚悟があった。


「ちびオオカミ……終わらせるわよ。」


声は小さく、しかし揺るぎない決意に満ちていた。


これが最後。

今度こそ――


決着の刻が、来る。

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