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氷結の夜明けの果て (R16)  作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第1巻:新たな人生
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第12章:初めての共闘

焚き火はほとんど消えかけていた。

燃え盛っていた炎は、今ではわずかな赤い残り火に変わり、かすかな熱を洞窟の中に残していた。


ヴェイルとアリニアは、その残光の中で黙って座っていた。

食後の静けさ――だが、その安らぎは長くは続かなかった。


甲高い叫びが夜の空気を引き裂いた。

金属をこするような耳障りな声――それは、どこか人間とは思えぬ響きだった。


ヴェイルは反射的に身を起こした。

胸が激しく脈打ち、目は即座に洞窟の入口へと向いた。


「……なんだ今の……人間じゃない……」

彼の声はかすれ、緊張に満ちていた。


すぐに、さらに近くからもう一つの叫びが響いた。

それに続いて、低く唸るような音が大地を伝わってきた。


アリニアはすでに立ち上がっていた。

耳が動き、尾がゆっくりと揺れる。全身が警戒態勢に入っている。


「……近い」

アリニアの声は冷静だったが、その目には鋭い光が宿っていた。


彼女は無駄な動きを一切せずに前に出た。

その姿は、まるで夜に溶け込む狩人のようだった。


ヴェイルも立ち上がろうとした。

だが脚の傷が疼き、顔を歪める。


「……歩ける……戦える……」

彼は息を荒くしながら、洞窟の壁に手をついて体を支えた。


拳に力を込め、震える手で短剣を掴む。


《……今度こそ、足を引っ張らない……》

決意がその言葉に込められていた。


外の世界は灰色の空に覆われていた。

雲が光を遮り、薄暗い雪の森に沈黙が漂っていた。


雪を踏む音が、乾いた音を立てて響く。


間もなく、三匹の巨大な狼が木々の間から現れた。


その体は淡い青に染まり、まるで氷に覆われたように光っていた。

目は黄色く輝き、闇の中で火のように燃えていた。


「……またあいつらか。でも……今度は、俺一人じゃない」

ヴェイルの声には緊張と、それを押し殺す意志があった。


アリニアが一歩前に出た。

その全身に宿る緊張は鋭く、だがその動きには一切の無駄がなかった。


拳を軽く握り、目を細め、獲物を正確に見定める。


「……クリオループ。唸り方と動き方で、すぐに分かる」

アリニアは、まるで教えるように静かに言った。


ヴェイルは狼たちを睨みつけた。

手に握る短剣には、自然と力がこもっていた。


呼吸は浅く、心臓の鼓動が胸を打ち続ける。


「……また、あいつら……でも、今度は――戦うしかない」

彼は震える声で呟いた。


その時、空から影が差し込んだ。

二羽の大きな猛禽が、灰色の空を旋回していた。

白く輝く羽は幻想的に見えたが――その羽の端は、刃のように鋭く硬質だった。


「……ニヴェア。最悪の死肉喰らい。

こいつらは、弱った獲物を見計らって襲う」

アリニアは空を指さし、鋭い口調で言った。


その目がすばやくヴェイルに向けられた。

一瞬で状況を把握し、役割を決めた。


「……鳥は私がやる。

あんたは、狼を止めて」

アリニアの声には命令の響きがあった。


ヴェイルは口を開いたが、言葉は出なかった。

抗議する間もなく、アリニアは既に動いていた。


雪の上を音もなく跳ね、片手を空に伸ばす。

その瞬間、空気中の水分が震え、霧のような粒子が彼女の指先に集まる。


それが次の瞬間――鋭く光る水の槍へと変わった。


一瞬のためらいもなく、アリニアはその二本の槍を空へと放った。

鋭い風を切る音と共に、ニヴェアが鳴き声を上げ、空中で翻った。

槍はかすめただけだったが、彼女は微動だにせず、次の手を見据えていた。


その間にも――


ヴェイルは短剣を握り直し、目の前の敵に集中した。


「三匹……三対一か。持ちこたえるんだ。とにかく、耐えるだけ……」

彼の声は震えていたが、その目には必死さが宿っていた。


クリオループたちはゆっくりと歩みを進めてくる。

唸り声が低く響き、雪の上に足を沈めるたび、緊張が増していく。


一匹の狼が突然動きを止めた。

後ろ足を踏ん張り、飛びかかる体勢に入った。


ヴェイルは反射的に一歩下がった。

短剣を構える手は震えていた。


「近い……近すぎる……!」

彼の声はかすれていた。


狼たちは言葉もなく連携している。

その無言の脅威が、彼の神経を容赦なく追い詰めていく。


「……落ち着け……動き続けろ……止まったら、終わる……」

彼は必死に己を保とうとした。


そして――


一匹が飛びかかった。


空気が割れるような咆哮。

狼の顎が迫る。


ヴェイルは反射的に地面に転がった。

肩が冷たい雪と岩に打ちつけられ、鋭い痛みが腕を駆け抜けた。


だが――彼はすぐに立ち上がった。

息を切らしながら、短剣を構える手に力を込める。


二匹目の狼が、既にヴェイルへと襲いかかっていた。

その動きは速く、容赦がなかった。


ヴェイルは間一髪で短剣を構えた。

刃が狼の牙とぶつかり、金属音が響き渡った。


「離れろッ!」

彼は必死に叫んだ。


腕が震え、力の差がはっきりと感じられる。

狼はそのまま牙で刃を押しつぶそうとし、ヴェイルの体勢が崩れそうになる。


三匹目のクリオループが横から突進してきた。

その目は凶暴な輝きを放ち、獲物を仕留める意志に満ちていた。


「……くっ!」

ヴェイルは避けようとしたが、傷ついた脚が激しく痛みを訴えた。


「ぐっ……あああッ!」

叫び声が漏れる。

全身に痛みが走り、視界がかすんだ。


上空ではアリニアが自らの戦いを続けていた。

最初の水の槍が、ニヴェアの一羽を貫き、鋭い悲鳴と共に地面へと落ちた。


もう一羽が急降下し、鋭い爪で彼女の頭を狙う。

アリニアは優雅に一歩身を引き、その攻撃を華麗にかわした。


彼女の指先に水分が集まり、またしても槍が形成される。


一方、ヴェイルは苦闘の中にあった。

狼たちは包囲を狭め、低い唸り声が空気を振動させていた。


「……無理だ……無理なんだ……!」

彼の声は弱々しく、恐怖に満ちていた。


あの日の記憶――最初の戦い、恐怖、無力感が彼の思考を曇らせていく。


「……速すぎる……強すぎる……なぜ俺が……」

その問いは、心の奥底から漏れたものだった。


次の瞬間――


一匹の狼が跳躍。

鋭い爪がヴェイルの服を裂き、彼の体を地面に叩きつけた。


雪が弾け、冷たい衝撃が後頭部を打つ。


重たい体重が胸にのしかかる。

息が詰まり、手足が震える。


狼の牙が、今にも顔に迫ろうとしていた。


その凶悪な唸り声が、すべてをかき消す――


だがその瞬間、


体の奥底から、熱が湧き上がった。


「やめろおおおおっ!!」

ヴェイルは叫んだ。


恐怖が怒りに変わった。

絶望が、闘志へと変わる。


手に残っていた短剣を握り直し、最後の力を振り絞る。


そして――


空気を裂く鋭い音が響いた。


視界の端に、何かが走った。


影――

鋭く、速く、まるで闇そのものが切り込んできたような――


雪が血で染まり、アリニアは振り返ることなく、次の標的へと視線を向けた。

その動きには迷いも躊躇もない。全身が一つの意思で動いているかのようだった。


ヴェイルは、まだ痛みに歯を食いしばりながら立っていた。

片膝が揺れ、汗が額を伝う。だが、彼の眼差しには、確かな決意が宿っていた。


「これ以上、頼ってばかりじゃいけない……」

そう思いながら、彼は残るクリオループの一匹に向けて、一歩踏み出した。


刹那――


その狼が彼に飛びかかった。


「来いよ……!」

ヴェイルは叫び、身を低く構えた。


短剣を前に突き出し、勢いで来たその巨体を横に受け流す。


ガンッ――!


刃が何か硬いものを叩いた音。

狼の肩口に傷が走るが、深くはない。


「クソッ、浅い……!」


しかし、それでも狼は動きを止めた。


痛みに反応し、唸り声をあげると、一瞬後退した。

それが、ヴェイルにとって貴重な時間を生んだ。


彼はすかさず体勢を立て直し、深く呼吸を整える。


「まだ、やれる……まだ終わらない……!」


アリニアが再び動いた。


最後の一匹が彼女に気を取られた隙に――

彼女の身体が弾けるように動き、狼の後頭部へと跳躍した。


その一瞬は、まるで舞う雪すら彼女の邪魔を恐れて避けたかのようだった。


鋭く閃いた爪が、首筋を切り裂く。


――そして、静寂。


ヴェイルの息遣いだけが、雪に吸い込まれていった。


残されたのは、血に染まった雪と、再び広がる静寂だけだった。


アリニアは振り返り、彼を一瞥する。

その瞳には、評価と試すような光があった。


「悪くなかった。少しはマシになったわね、ヴェイル。」


その言葉に、彼は息を吐きながら、小さくうなずいた。


「……ありがと。」


彼女は何も言わず、静かに森の奥へと視線を向けた。


アリニアはゆっくりと身を起こし、残された二頭のクリオループを鋭い目で見据えた。


「彼女はまるで狩人だ…。動きに一切の迷いがない。…俺は、ただの足手まといだ……」

ヴェイルは、羨望と悔しさの入り混じった目で彼女を見つめた。


彼は手にした短剣を強く握りしめ、関節が白くなるまで力を込めた。

痛みも恐怖も、それを燃やすような怒りが、胸の奥で静かに灯る。


「今回は違う。俺が何もできないなんて思わせない」

自分に言い聞かせるように、彼は低く呟いた。


だが、彼が動こうとしたその瞬間、アリニアはすでに飛び出していた。

その動きは正確無比で、しかも迷いのない一撃だった。


残る二頭のクリオループは、仲間を倒されても一切怯まず、むしろ唸り声を強めて前へと突進してくる。

耳を伏せ、牙をむき、全力で襲いかかってきた。


アリニアはその一頭をすり抜けるようにかわし、流れるような動きで短剣をその喉元に突き立てる。

乾いた音と共に、クリオループの身体が崩れ落ちた。


残る一頭も横から飛びかかるが、彼女は軽やかに回避し、銀光のような爪でその脇腹を深く斬り裂いた。

短く鋭い鳴き声を上げた獣は、雪の中へと崩れ落ちる。


静寂が、再び森に戻る。

風の音だけが、木々の間を通り抜けていた。


ヴェイルは雪の上に膝をついたまま、自分の震える手を見つめていた。

呼吸は荒く、脈打つ痛みが脚に広がっている。


「全部…彼女がやった。俺は……また何もできなかった」

彼の心を、無力感が静かに覆っていく。


拳を握りしめたその手には、うっすらと爪痕がついていた。

悔しさは、言葉にできるものではなかった。


アリニアは、倒れた獣たちの間に立ち、ゆっくりと短剣と爪についた血を外套で拭っていた。

そして、無言のままヴェイルに目を向けた。


「休め。でも次は……立ったままでいて」

その声は冷たくはなかった。ただ、静かな決意に満ちていた。


ヴェイルは彼女を見上げ、答えようとしたが、声が出なかった。

感情が絡み合い、言葉にできなかった。


風が、森の奥から吹き抜け、血と静寂を連れ去っていく。

雪だけが、静かに、静かに降り続いていた。

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