人の弱みを見逃すな
お昼休み。咲が弁当箱を開けると、サンドイッチが隙間なく入れられていた。サンドイッチは咲の好物であったが、弁当箱に入れられたサンドイッチに何故かテンションが下がってしまう。女の子の心とは複雑なものだ。
「咲ちゃん。お昼一緒にいい?」
「いいよ。机くっつけよ」
机をくっつけると、二人の肩と肩もくっついた。二人は顔を見合うと、自然と笑みがこぼれた。マトモに話せる相手が胡桃しかいない咲と、世話好きの胡桃が仲良くなるのは早かった。
二人がお昼ご飯を食べ始めると、咲は胡桃のお弁当の中身に目がいった。胡桃のお弁当の中身は色鮮やかに彩られ、誰が見てもバランスの良い内容であった。
「胡桃さんのお弁当凄いね! 凄く健康に良さそう!」
「美味しそうって言ってくれた方が嬉しいかな。といっても、アーシの弁当はママと弟の弁当の余り物だけど」
「もしかして、自分で作ってるの? 毎朝?」
「そ。偉いっしょ?」
「警察から賞状を贈られるべきだよ」
「そこまで褒められると思わなかったわ。なんか、あれだね……照れるね!」
なんと美しきかな。互いの事をまだよく分かっていないギコちない関係。だからこそ生まれる発見と興味。完全に二人の世界と化したこの状況に割って入る者などいるものか。
「失礼いたします!」
いました。
剛美は二人の机の前に自身の机をくっつけ、机の上に重箱を叩きつけた。風呂敷を解き、現れた三段構えの重箱を一段ずつ展開する。三段に分けられてあるというのに、どれも中身は同じ牛丼であった。
男子高校生の相撲部のようなお弁当に、咲と胡桃は胃もたれを起こした。
「剛美さん、これ一人で食べるの……?」
「食は何よりも大事。人は普通に過ごすだけでも、体は弱っていくものです。だからよく食べ、生きる活力を蓄えねばなりません。お二人はその量で大丈夫なのですか?」
「いや、剛美さん基準で普通を語らんでほしいわ。どう見ても多いっしょ」
「アタシだと一つ食べ切るまで一日は掛かるよ……」
「話を誤魔化さないでください!」
「アタシが何を誤魔化したっていうのさ」
「私とはお昼を一緒に食べてくれないのに、胡桃さんとは食べるのですね! 酷いです! あんまりです! 意地悪です!」
「一方的過ぎる……言ってくれたら、剛美さんとも食べるよ?」
「本当ですか!? それじゃあ、これからは毎日一緒に食べましょう! それから一緒に下校して! 少し寄り道したりして! そのまま私の家に帰って! 一緒にご飯を食べて! 一緒にお、お風呂に、入ったりして……! い、いいい、一緒に―――だ、駄目です! ハレンチですよ咲さん!」
自分で作り出した妄想の咲に迫られて盛り上がる剛美。そんな剛美を見て、咲は自身の発言を撤回する隙を見計らっていた。
ニ十分程経ち、咲と胡桃はお弁当を食べ終えた。そしていつの間にかお弁当を平らげていた剛美が改まって咲に問う。
「咲さん。お友達になりませんか?」
「急だね。そしてやっとだね」
「私の予定ではお見舞いに行った時点でお友達のつもりだったのですが、咲さんにその気が無いように思えたので。胡桃さんという強敵に奪われそうなので、確認を兼ねて宣戦布告をしようかと」
「あれかな? 剛美って馬鹿なのかな?」
「ちょいちょい咲ちゃん。馬鹿は流石に言い過ぎっしょ」
「馬鹿!? 馬鹿と言ってくれたのですか!? ハァ~、なんだかお友達の会話みたいで良いですね~!」
「あ、馬鹿だ」
「馬鹿だよね」
幸か不幸か、剛美の残念な所が二人の警戒心を解いた。どんな完璧な人間にも弱みがある。人の弱みは弱点と捉えがちだが、打ち解けるキッカケにもなる。友達とはいかずとも、ある程度の仲を構築するのはどの年代にも必須な事だ。
ただ、稀に例外が存在する。悪い言い方をすれば仲良くしてはいけない人。その一人が剛美である。何故剛美と仲良くしてはいけないのか。
その理由を二人は、特に咲は、いずれ思い知る事になる。