気の迷い
咲が目を覚ますと、そこは誰かの部屋だった。部屋の置き物や、棚に置かれた化粧品の数々を見るに、女性の可能性が高い。
咲がベッドから起き上がると、着ている服が白い袖無しのワンピースに変わってる事に気付いた。服を変えられているという事は、服を脱がされたという事。体に異常が無いかを探したものの、着ている服の変化以外に、特に目立った変化が無い。強いてあげるとすれば、咲は非常に落ち着いていた。
特に拘束されている訳でもない為、咲は部屋から出た。部屋から出ると、最近の家とは違い、少し古臭さがある造りをしていた。物音が聴こえる方へ足を進めていくと、居間と繋がった台所に見慣れた背中があった。
「……胡桃?」
咲が呟くと、胡桃は調理の手を止め、咲の方へ振り向いた。久しぶりに再会した胡桃は少しメイクが抑えめになっており、ニッコリと笑った表情には別の感情が垣間見えていた。
「咲ちゃん、おはよう。やっぱり似合ってたね、その服。咲ちゃんにピッタリだ」
「……ここ、何処?」
「アーシの祖父母の家だよ。今はどっちも出掛けてていないけど、帰ってきたら一応挨拶してほしいな」
「それはもちろんするけど……どうやってアタシをここに連れてきたの? 確か、剛美を捕まえる為に廃墟にいたはずなんだけど」
「うーん、それを説明するには、雨が降らないと出来ないかな? まぁ、そんな話は後回しにしてさ。朝ご飯! 作ったから食べて!」
そう言うと、胡桃は出来たばかりの料理を皿に乗せ、それをテーブルに運んだ。咲は何が何だか分からずにいたが、久しぶりに食べられる胡桃の手料理を優先した。
胡桃が作った朝食は、ご飯・味噌汁・焼き魚・ホウレン草のゴマ和え。味はもちろんの事、噛む度に感じる味とは別に、作った人の真心を感じる出来だった。咲は黙々と食べ進め、その様子を向こう側の席で胡桃は眺めた。
朝食を食べ終え、コップに注がれた麦茶を飲みながら一息ついた。二ヵ月も消息不明となっていた胡桃が目の前にいるというのに、咲は何を話せばいいのか分からずにいた。話したい事は山ほどあるが、その所為でどれから喋るか決められずにいる。
少し気まずい沈黙の中、咲は頭に浮かんだばかりの話題を口にした。
「なんでアタシに告白なんかしたの」
それは否定的に聞こえるかもしれないが、咲がずっと聞きたかった事だった。胡桃は一瞬驚いた表情を浮かべると、いつものニッコリとした笑顔を作った。
「好きな人に告白する。理由ならそれで十分じゃない?」
「そうね。そうかもね。でも、どうしてアタシなの?」
「ん? だから、アーシは咲ちゃんの事が……その……好き、だから……」
「アタシも胡桃が好きだよ。友人の中で、一番好き」
「そうじゃなくてさ……! もしかしてちゃんと伝わってないのかな? アーシは咲ちゃんを一人の女性として、恋人にしたいくらいに好きなの!」
「それっていつから?」
「あの花火大会の時だよ!」
「なんだ。ただの気の迷いじゃない」
その咲の一言は、胡桃の心にヒビを入れた。すぐに否定の言葉で心のヒビを修復しようとしたが、どういうわけか言葉が出てこない。それが答えである。
すると、玄関の扉を叩く音が聴こえてきた。胡桃は祖父母が帰ってきたと思ったが、自分の家をノックする訳がないと気付く。客人が訪ねてきたのだろう。胡桃は咲を置いて玄関へと赴き、ガラスから透けて見える客人の影を目の当たりにした。
玄関のガラスに映る影は二人分あり、そのどちらも大きかった。日本人離れした背の高さに、胡桃は護身用に刃物を隠し持ち、玄関の扉を開いた。
訪ねてきたのは、剛美と恋だった。
「お久しぶりです。恋さん」




