追跡
咲は再び登校するようになった。恋の計らいで、クラスメイトは過度な心配を押し殺して特に気にしてない風を装っていた。人間不信に傾いた咲にとって、そのアッサリとした対応はありがたかった。
それから何事も無く日々が流れ、咲は徐々にクラスメイトと話すようになり、友人とまではいかずとも、クラスメイトとは良い関係を築けている。恋とは今も友人のままだが、咲がいない間に出来たグループの中心人物の為、二人で会話をする事が少なくなっていた。それでも、たまに目が合うと、ニッコリと微笑んだ。
十月。緑が枯れ始めた秋の季節。咲は誰もいなくなった放課後の教室で夕焼け空を眺めていた。寂しい懐かしさを覚える空の様子と、吹く風の冷たさ。咲は夏の季節を思い出していた。
結局、咲の家に侵入したレインコートの人物は捕まっていない。幸いにも盗まれた物は無かったが、誰かが侵入した痕跡も無い為、レインコートの人物は咲の不安が生んだ幻覚という事で片付けられた。当然その結果に咲は不満を抱いた。
雨が降ると、咲はレインコートの人物を思い出してしまう。夜の闇のように黒く。見えない視線は針のように鋭い。二度と会いたくないが、あれが現実に存在する人間だと証明したい気持ちもあった。
「咲さん」
懐かしい声がした。咲が後ろへ振り向くと、そこには誰もいない。ただ隣の席に、一通の手紙が置かれていた。手紙には【咲さんへ】と書かれており、封を開けて中の紙に書かれた文に目を通すと、それにはこう書かれていた。
【咲さんへ。不在の日が続いて申し訳ございません。咲さんには寂しい思いをさせたくないのですが、今の私にはやるべき事があります。それをやり遂げるまで、アナタの寂しさを埋める事が出来ません。ですが、すぐに解決してみせます。今度こそ、ちゃんと会って、そしてまた変わらぬ日常を送りましょう。アナタを愛する唯一人の親友。剛美より】
「アイツ……!」
咲は手紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨てると、恋に電話を掛けた。
『どした?』
「恋! 今何処にいる!? まだ学校!?」
『なんだよ急に……靴履き替えて帰るところだよ。まさに今な』
「正門! いや裏かも! 剛美がいる!」
『あ?』
「今からアタシも行くから、裏で落ち合おう!」
そこで通話が切れた。恋は訳が分からなかったが、カバンを床に置いて外へ飛び出すと、急いで学校裏へ駆けて行った。
必死に走ったおかげか、学校裏の林に入ろうとしていた剛美の姿を見つけられた。
「テメェ!!!」
「ッ!?」
剛美は恋の姿を見ると、急いで林の中へ逃げていった。
「咲!!! いたぞ!!!」
恋は声を張り上げて咲に報せると、剛美を追いかけて林の中へ入っていった。林は広いわけではないが、学校と同じくらいに背が高い木が密集しており、それを避けて進む為、後から入った恋が剛美に追いつく事はない。
林を抜けた先にあるフェンスを上って学校の外に出ると、剛美と思わしき後ろ姿を発見した。恋は追いかけて脇道に入ると、一瞬だけ見える後ろ姿を見失わないように走り続けた。さながら、犯人を追跡する警官のようである。そしてそれはあながち間違いではない。
脇道から本道に出ると、そこには剛美の姿がなかった。日本人離れした背の高さの剛美が通行人に紛れ込めるはずもなく、恋は道路を走る車両に目を移した。
少し離れた先で走る大型トラック。その荷台には背の高さを隠し切れていない人間が隠れていた。恋は剛美だと確信し、通行人を押し退けながらトラックを追いかけ、赤信号で停まった事をキッカケに、道路へ飛び出した。トラックの荷台に隠れていた剛美は、対向車との衝突を恐れずに向かってくる恋に焦り、荷台から下りて歩道へ移った。
歩道を走りながら脇道を探すが、何処も先が行き止まり。後ろを振り向く度に恋との距離が縮まっていく。剛美は逃げる事を諦め、一撃離脱を試みた。
二人の距離が縮まり、あと少しで剛美が捕まるといった瞬間。剛美は突然後ろへ振り返り、向かってくる恋の勢いを利用して、巴投げのような形で恋を蹴り上げた。宙に浮いた恋は何が起きてるのか分からなかったが、危機的状況に体は反応し、無意識に後頭部を守った。とはいえ、背中を硬い地面に強く打った所為で数秒動く事が出来なくなり、その隙に剛美に逃げられてしまった。
その後、咲と合流した恋は近くの公園に行くと、そこで背中の具合を確かめてもらった。
「痣になってる……病院に行った方がいいよ」
「いや、痣程度なら大丈夫だ。それにしてもあの野郎……! あと少しの所で、オレを蹴り飛ばしやがった! 次会ったら絶対にやり返す!」
「……アイツ、多分馬鹿な事をしてると思う」
「馬鹿な事って?」
「アタシの為に何かしてるって意味よ。きっとアタシの為にもならない事を真面目にやってる」
「ああ。間違いないな」
「……ねぇ、恋。今度の休みの日、アタシに時間くれない? アタシに考えがあるの」




