ドッジボール
体育には室内と屋外での授業がある。一般的には室内がアタリで、屋外がハズレとされている。理由は様々あるが、室内は屋外と比べて天候に左右されないのが大きい。
そんな事はどうでもいいとして、咲は一人呆然と立ち尽くしていた。周りが準備体操を二人一組で行う中、ボールが挟まった天井を見上げていた。
(声かけずれぇぇぇ……)
咲は一ヶ月遅れて登校してきた。クラスメイトとはその一ヶ月分の距離がある。改心した彼女らであれば快く了承するが、その優しさが咲にとっては気まずかった。その優しさに甘えてしまえば、本当は組みたい人がいたかもしれないと罪悪感を覚えてしまうのが分かっていたから。
そんな咲の元へ、剛美はジワリジワリと間合いを詰めていく。
「咲さん。よろしければ私と―――」
「咲ちゃん一人? ならアーシと組もうよ」
「え? でも、良いの?」
「アーシも一人だったし。先生と組むのはなんか恥ずいし。だからアーシを助けるつもりでさ」
「胡桃さん……良い人~」
「咲ちゃん絶対に詐欺とかに気を付けなよ」
咲は胡桃に手を引かれ、準備体操を始めた。そんな二人を眺めていた剛美の元へ、先生が近付いていく。
「剛美さん? もし良かったら、先生と―――ヒッ!?」
鬼か悪魔か。剛美から漂うオーラの香りが死を予感させ、その横顔から明確な殺意の衝動を感じずにはいられなかった。
少し時間が進み、本日の体育授業が始まった。玉で相手を殲滅する球技、ドッジボール。チーム決めはくじ引きで決まり、咲のチームには胡桃が。相手チームには剛美がいた。
フィールドに立った瞬間、咲以外の全員が気付く。堂々と仁王立ちで試合開始を待つ剛美から感じる圧倒的な殺意。そのオーラに当てられた誰もが皆同じ考えを抱いた。
(剛美さんにボールを持たせてはいけない!!!)
試合開始のホイッスルと共に、ボールが中央に上がった。全員死に物狂いでボールを取りに行き、至近距離でアウトにしては自分もアウトにされていった。その様子はまるで名刺交換を行うかのように慎重で、相手を尊重したやり取りであった。
あっという間に互いのフィールドには二人ずつ残り、剛美の隣にいた女子生徒が相手フィールドに残っている咲と胡桃の内、咲に狙いを定めた。明らかにスポーツ慣れしていない咲を狙うのは理にかなっているが、今回の場合は純粋な優しさからであった。
「咲さん、当たって!」
女子生徒がボールを投げた次の瞬間、剛美がその長い腕と大きな手でボールを掴んだ。並外れた動体視力と反射神経を要求される芸当であった。
「今、咲さんを狙いましたか?」
「……え」
「どうして咲さんを狙ったのですか?」
高身長から見下される鋭い眼光が、女子生徒に経験した事の無い恐怖を感じさせてきた。謝罪や反論といった反撃の手段を考える余裕など無く、女子生徒は体育館の隅っこに駆け込んで身を丸めた。
「フフ……残るは、胡桃さんですか」
剛美は掴んでいたボールを振り被り、腕の力だけで投げた。この時、剛美が自分に向けてボールを投げてくる事を察知した胡桃は、恐怖で腰が抜けてしまっていた。それが功を奏し、投げられたボールは胡桃の頭上を通り過ぎ、壁でボールが破裂した。壁には剛美が投げたボールの威力が馬鹿でも分かる程に色濃く残っている。
さて、そんな剛速球を見ていた咲はどうなっただろうか。怖くて腰が抜けたか? 戦意喪失でフィールドから離れたか?
否。
(胡桃さんは、アタシが守らないと!)
およそ正気とは思えない使命感を覚えていた。
破裂したボールの代わりが運ばれてくると、外野に手渡され、腰が抜けた胡桃は呆気なくアウトにされてしまった。
足元に転がってきたボールを拾った咲。守るべき対象がいなくなったが、剛美に挑む気持ちは変わらなかった。半ばヤケクソである。
「ああ! 咲さん! ようやく一対一ですね! この時を楽しみにしてました!」
「い、いい、言って、おぉくけど~、ててっ手加減! しない、から!」
「アハッ! なんだか青春って感じがしますね! これが友達―――いえ、親友なのですね!」
先程の阿修羅とは打って変わって、今の剛美は気持ち悪いくらいに乙女と化していた。そのクネクネとした動きにムカついた咲は恐怖を克服し、剛美に向かって全力投球した。
「うりゃぁ!」
腹から出した声。それとは裏腹にヒョロヒョロなボール。見た目通り、咲は運動能力が壊滅的に悪かった。そんなボールでは簡単にキャッチされるだろうと、外野にいた誰もが思った。
「アァン!」
案の定、咲が投げたボールは剛美にキャッチされた。想定外だったのは、剛美がボールをキャッチした瞬間、勢いよく吹き飛んでいった事。
「咲さんが私に……! 私だけを狙って……! エヘ、エヘヘヘ!」
「えっと……剛美さんが外野まで吹き飛んだんで、咲ちゃんの勝ち~ぃ?」
「や、やった……勝ったぁぁぁ!!!」
あの剛美を倒した高揚感から、咲は腕を上げて喜んだ。剛美は咲から送られた自分だけの敵意に身を震わせて喜んでいた。
こうして、この日この授業から、要注意人物の剛美の次に咲が警戒される事となった。