助け合い
外が暗闇に包まれると、雷鳴が怒号を放った。咲は机の上に立て掛けていた携帯を手に取ると、ベッドに飛び込んでシーツにくるまった。
「誰かいる! 誰かいる! 誰かいるって!!!」
尋常ではない咲の怯え方に、恋は内心焦りながらも、これ以上不安がらせないように表情には出さずにいた。
『知ってる奴か?』
「分かんないよ! 黒くて、フードで顔を隠してて、でもアタシを見て、黒くて、見てて、分かんなくて―――」
『分かった、落ち着け! 家の戸締りはちゃんとしてるよな?』
「してる、と思う……」
『よし。いいか、落ち着いてよく聞いて。まずは家の扉と窓がちゃんと閉まってるか確認するんだ』
「怖くて出来ないよ……!」
『それでもやるんだ! もし何処か一箇所でも鍵が開いていたら、ソイツが中に入ってくるかもしれないんだぞ? これはお前の身の安全の為だ。さぁ、行って。行くんだ!』
咲は携帯を握りしめながら、部屋から飛び出した。携帯のライトで廊下を照らしながら一階に下りていき、玄関を始めに部屋にある窓等、出入りできる場所を確認していった。幸い、扉も窓も鍵が掛けられており、咲はほんの少しだけ安心した。
「恋、確認したよ。全部鍵が閉まってた……恋?」
画面は暗闇に包まれていた。微かに聴こえる音に耳を澄ませながら待っていると、突然画面が激しく揺れた後、再び恋の顔が画面に映った。
「ビックリしたよ……! 驚かさないで怖いから……!」
『悪い悪い。とりあえず今から頑張ってそっち行くから。二、三十分ってところかな? それまで待っててくれ』
「待っててって……通話、切っちゃうの?」
『仕方ないだろ。豪雨の中突っ走るんだ。雨と風でお前の声もオレの声も掻き消されるさ。とにかく、今から行くからな』
そう言って、恋は通話を切った。
その時、雷鳴が轟音と共に家を揺らした。突然の雷に咲は驚いた拍子に腰を抜かしてしまう。雨風の音が響く暗い廊下を手に持つ携帯のライトで頻りに照らす。携帯のライトは廊下の奥まで届く強力な光だったが、かえって不気味さが増してしまい、余計な不安が募ってしまう。
咲は壁に手をつきながらなんとか立ち上がり、二階の自室に戻ろうとした。
その時、廊下の奥が嫌に気になった。無視して二階に上がる事も出来たが、正体不明の不安を晴らしたい気持ちが体を動かし、咲は廊下の奥を携帯のライトで照らした。
照らし出されたのは、黒いレインコートを纏った人物。咲が窓から見た不審人物その人であった。強盗か、あるいは殺人か。目的は分からないが、どう見ても咲にとって良い人物ではない事は明らかであった。
咲は玄関へと駆け込み、裸足のまま外へ出た。外は酷い雨と風で荒れていたが、今の咲にとっては小さな事であった。何処へ向かい、誰に助けを乞うか。そんな事を考える暇もなく、咲は一心不乱に逃げた。雨と風の音の他に、雨を弾く足音が後ろから聴こえてくる。それは徐々に大きく、そしてハッキリとしていく。
咲が十字路で右に曲がると、誰かとぶつかった。恋だ。
「うおっと!? あ? 咲じゃんか。お前なんで外に出てんだよ! 裸足だしさ!」
「た、たた、助け、て! 助けて!」
ビデオ通話をしていた時よりもパニックになっていた咲に、恋は何があったかをおおよそ理解した。恋は咲の手を引いて背に隠し、咲が来た方向を曲がり角から覗いた。
そこには誰の姿も無かった。
とりあえず恋は安堵した。そしてすぐに不安になった。咲の怯え方は尋常ではない。それは家の中に侵入、あるいは危害を加えられた事になる。となれば、このまま咲の家に戻るのは危険だ。
恋は着ていたレインコートを脱ぎ、それを咲に着せると、咲を背負って来た道を引き返した。道中、後ろから誰かが追いかけてくる気配がしたが、振り返ってもそこには誰もいなかった。
恋の家に連れてこられた咲は、熱い湯で体を温めると、恋が用意した服に着替えた。恋が着ているシャツとズボンは当然の如く咲にはサイズが合わず、袖を何度も折ってようやく手足が見えた。それでもブカブカな事に変わりない。
「似合ってるじゃん」
「……意地悪言わないで」
「悪かったな。お詫びに飲んでくれよ」
恋は淹れたてのコーヒーを咲に差し出すと、咲は息を吹きかけて冷ました後、ゆっくりと飲んだ。砂糖とミルクが多めのコーヒーは、コーヒーというよりかはカフェラテであった。だが不安な時には、このほんの少しの甘味が落ち着かせてくれた。
「それで? どんな奴だった?」
「……レインコート。黒いレインコートを着てた」
「……それだけか? 他に特徴は? 身長とかさ」
「大きかったような、小さかったような……怖くてハッキリと憶えてない。ただ、黒いレインコートを着ているのだけは憶えてる」
「そうか。本来なら警察に電話したいところだが、この天気じゃな……」
「アイツ、ここには来ないよね?」
「どうだろうな。ただ少なくとも、ここにはオレがいる。もしソイツが現れても、オレが返り討ちにしてやるよ」
「……ありがとう」
咲は両手に持つコーヒーの温かさと、すぐ傍に誰かがいる安心感に、少しだけ余裕が出来た。ほんの少しだけ平常心を取り戻した様子の咲に、恋も安心してコーヒーを飲んだ。
「それよりも、制服が雨でビショ濡れになっちまったな。まぁ洗濯をすればいい話なんだが、クリーニングから戻ってきて早々濡れるなんてさ。クリーニング代をドブに捨てたようなもんだ」
「お母さん怒るかな?」
「なに、命には代えられないさ。明日、オレも学校を休むよ。そんで、一緒に警察に事情を話そう」
「……恋。本当にありがとう。アタシの為にここまで面倒を見てくれて」
「当然だろ。オレと咲は友達だ」
二人は無言で見つめ合うと、ほぼ同時に笑った。さっきまでの恐ろしい出来事が遠い過去のように、二人がいた空間は和やかな雰囲気に包まれていた。
恋の家の前で、レインコートの人物は明かりが点いた部屋を眺めていた。しばらく眺めた後、レインコートの人物は夜の闇に消えていった。




