夏の終わり
夏休みも終盤になり、学生達は残りの休日を全力で楽しんでいた。まるでそれは、七日目の蝉のようである。そんな彼ら彼女らよりも先に、咲は死んでいた。
河川敷の斜面で咲は横になりながら、青い空を流れる白い雲を呆然と眺めていた。理由は花火大会の日。まさに今、咲がいる河川敷で起きた突然の事。
『アーシ、咲ちゃんの事……もう友達として見れないかも……』
胡桃の告白は、咲にとって予想外であった。日常のように告白してくる剛美とは違い、これまでの付き合いの中で胡桃が咲を恋愛対象として見ている様子が全く無かったからだ。現に、胡桃も咲を恋愛対象として見ておらず、仲の良い友達として咲を好きでいた。
胡桃の想いが変化したキッカケは、夏の色をした咲の姿から。花火大会当日。河川敷から眺める花火と、その色を帯びた咲の姿があまりにも夏に相応しく、これまで胡桃が積み重ねてきた思い出を上塗りした。新しい思い出は色鮮やかに煌めき、それが胡桃の想いに影響し、友人から好きな人へと色変わった。
一方で、咲は現実を受け入れられずにいた。ほんの少し前まで仲良く会話をしていた友人からの突然のキス。それは裏切りであった。
恋愛は輝かしく美しいものだと語られる事が多いが、全てがそうだとは限らない。友人とは隠し事もせずに気軽に接する関係。恋人とは関係を保つ為に折り合いをつけながら一生を共にする誓い。それが互いが好きという感情を持っていたとしても、友人と恋人に分けられる理由の一つだ。
胡桃は咲と恋人になりたい。
咲は胡桃と友人のままでいたい。
別々の想いを抱いているが故に、拒む事が出来ない。友人の胡桃を手放したくないが、恋人にはなりたくない。それが咲の本心である。断る勇気も、受け入れる決断も出来ないまま時間は進み、気付けば夏休みのほとんどを無駄にしていた。
「今日もここにいますね」
突然、咲の視界に剛美の顔が割り込んできた。驚きもしなれければ、怒りもしない咲の無反応ぶりに、剛美はほんの少しだけ悲しくなった。剛美は咲の隣に座ると、片膝を抱えた。
しばらく無言の時間が流れると、突風を合図に剛美が口を開く。
「何か、あったんですよね。連絡しても全然返してくれないし、家に行っても居留守ばっかり。あぁ、別に怒ってるわけじゃありませんよ? ただ、理由が知りたくて」
「……」
「……言いたくない事ならいいです! 自分の内に留めておきたい悩み事は、誰にでもありますから。もし誰かに話を聞いてほしい時は、いの一番に私に。何処へでも、必ず駆けつけますから!」
剛美は立ち上がって斜面を上っていく。
「……アタシ、分かんないんだ」
斜面を上り切る直前、まるで剛美を引き留めるかのように咲が打ち明けた。剛美は再び斜面を下り、咲の隣に座ると、柔らかな表情を浮かべて咲の話を聞く体勢を取った。
「何が分からないのですか?」
「好きって気持ち……」
「誰かを好きになったのですか?」
「逆」
「そうですか。一応確認の為に聞きますが、私じゃありませんよね?」
「剛美じゃないよ……胡桃がさ、アタシを友達として見れなくなったって」
「胡桃さんが? それはいつ言われたんですか?」
「花火大会の日」
「ああ、あの時ですか。全く、油断も隙もありませんね。もちろん断ったんですよね? 一人だけ抜け駆けだなんて、フェアじゃありませんし」
「勝負事じゃないんだから、フェアもダーティーも無いでしょ」
「いいえ! 恋愛は立派な勝負です! 自分が持つ魅力と短所を想い人に見定めてもらい、隣に立つに相応しい人物かを判定してもらうんですよ!」
「……そんなのしたくないよ、アタシは」
咲は聖母でも女神でもないが、仲を深めた人達を平等に好きでいた。それは咲が築いた人間関係を大切にしている証拠であったが、頑固な人間である証拠でもあった。一度決めた関係を変える事や壊す事を嫌がり、変化が訪れようとすると、必死になって維持する。
だからこそ、胡桃の変化は咲にとって嫌な変化であった。
「……ねぇ、剛美。恋人って本当に良いものとして捉えられていいのかな? 友人関係の時は喧嘩してもすぐに仲直り出来たのに、恋人になったら中々仲直りが出来なくて、そのまま別れて一生疎遠のままっていう人が沢山いる。それって凄く不幸で無駄な事だよね」
「つまり、咲さんは胡桃さんと友達のままでいたい訳ですね」
「うん……」
「なら解決する方法は一つ。断ればいいんです。恋人になるのは無理だって」
「でも、そうしたら胡桃と友達じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ? アタシ、胡桃の事が好きなのに……疎遠になりたくないよ……」
「……咲さんは私を……いえ、今する話ではありませんね」
剛美は自分の場合はどうするかを聞きたかったが、それを今の咲に確かめるのは、あまりにも自分勝手だと思った。
「よし! 愛する咲さんの為、この私が一肌脱ぎましょう!」
「どうするつもりさ?」
「咲さんと胡桃さんが元の友人関係に戻るように、私が仲介に入るんです! 今すぐに解決とまではいきませんが、必ず咲さんの願いを叶えてみせましょう!」
「なんか不安だな……でも、ありがとう。剛美はいつもアタシを助けてくれるんだね」
ようやく見せてくれた咲の笑顔。それは剛美にとって待ち望んでいた表情であったが、咲が最後に呟いた言葉が剛美の心を不安にさせた。
それでも、剛美は精一杯笑った。愛している人の為に、動揺を虚勢で隠してみせた。




