人の趣味は人それぞれ
「はい。今日はこれで終わります。前々から言っていたように、しばらく夏休みに入ります。まぁ何処に行くとかないから、すぐ配信活動再開すると思いますが、それまでサヨナラ」
恋は配信終了のボタンを押し、SNSで休みに入る事を報せると、椅子の背もたれに体を預けた。天井を見上げながら、明日から何をするかいくつか頭に浮かぶが、吐いたため息と共に消えていった。
「面白いゲームでも探すか」
パソコンを操作して新作ゲームを調べ始めると、携帯にメッセージが届いた。確認すると、送り主は咲からであった。思わずニヤけてしまう口元をそのままに、恋は咲からのメッセージを眺めた。続いて一枚の写真が送られてきた。
三人が仲良く食卓を囲んでいる写真。胡桃は相変わらず咲にフレンドリーで、剛美にいたっては謎のドヤ顔を決めていた。
「……は?」
一時間後の午後二十一時。恋は咲の家の玄関に立っていた。写真を送る前から予想はしていたが、恋の行動の早さに、咲は開いた口が閉じなかった。
「なんでオレを除け者にしたの?」
「誘うにしては流石に遅いと思って……」
「咲が誘ってくれるなら、何時でも何処へでも駆けつけるよ」
「なんかドラマの主人公みたいな台詞だね。でも現実で聞くと、ただのストーカーとしか思えないや」
「咲さん! 一緒にロマンス映画でも―――って、なんでこの女が!?」
「あ、恋さんも来たんだ! 流石咲ちゃん愛好家! フットワーク軽いね!」
夏休み初日から集結した四人。それぞれの特徴が表れたパジャマを着た四人は、リビングで映画鑑賞を始めた。剛美の強い要望があったロマンス映画を多数決で打ち負かし、選ばれたのは恋が選んだホラー映画。ソファの中央に咲が座り、剛美と胡桃が咲の両隣に座り、恋は咲の足を背もたれにして床に座った。
「咲さん。怖かったら、私に抱き着いても構いませんよ? それはもう、骨が軋むくらいに強く抱きしめていただいて! 私の右腕が咲さんに粉々にされるのを想像しただけで……! フフフフ!!!」
「映画観るんだったら、ポップコーン買っておけばよかったね。咲ちゃんは映画観る時は何派?」
「アタシは特に無いかな? 小さいサイズの飲み物は欲しいかも」
「……あ、そうだ。今更だけど、みんなホラー耐性はどのくらい?」
「アーシは怖いのも楽しめるタイプ!」
「アタシも人並かな」
「ホラー映画は怖いという事しか知りません」
「……ミスったかも」
恋の呟きに剛美を除いた二人は嫌な予感を覚えた。
恋が選んだホラー映画はただのホラーではなく、スプラッターホラー。通常のホラーは恐怖心を与えるだけだが、スプラッターの場合はそこに嫌悪感や吐き気が伴う。しかも恋が選んだ映画はその中でもカルト的人気を誇る怪作であ【観る地獄】と呼ばれていた。
『エギッ!? アギャ、ギャギガ!』
画面に映る光景は凄惨なんて言葉が軽く感じられる程に残虐であった。逆さ吊りの状態で生きたまま皮を剥がされる男と、その作業を淡々とこなす教授と生徒達。このシーンこそ、この映画の見せ場であるノーカット三十分の人間解体シーン。どう撮影されたかは、公開されて三十年経った今も謎に包まれている。
想像していたホラー映画とは違う映像に、咲と胡桃は画面から目を背けるように抱きしめていた。それとは裏腹に、剛美と恋はリアリティある解体シーンに感心し、画面に釘付けになっていた。
映画が終わると、剛美は固まった体を伸ばし、満足気に息を吐いた。恋も良い作品を観た満足感はあったが、咲と胡桃にトラウマを植え付けてしまった罪悪感で喜ぶに喜べずにいた。
就寝時、咲は自分の部屋から掛け布団と枕を持ってリビングに来ると、三人の布団もリビングに敷いた。普段なら布団の位置で剛美と恋が揉めるのだが、未だ罪悪感を引きずっていた恋は、剛美と胡桃に咲の両隣を譲った。
「今日は電気、点けたまま寝よっか……」
「それマジ助かる……」
「咲さん! 子守唄歌ってください!」
「……今だけはアンタの喧しさが救いに思えるよ」
「……ホントにごめん。オレが決めるんじゃなかった」
「アハハ……まぁ、確かに中々マニア向けな映画だったけどさ。こういう映画もあるって知れて良かったよ」
「……オレは今まで、他人と一緒に映画を観た事がなかった。流行りの映画は気に喰わなくて、ハッピーエンドで終わる映画は下らないと思ってた。でも、今日みんなで映画を観て、その……ハッピーエンドの映画も観ようと思ったんだ」
「恋……まぁ、趣味は人それぞれだし、無理に他人に合わせなくてもいい。でも、こうやって友達と一緒に観るなら、やっぱり楽しい映画がいいよね」
「フッ……違いないな」
趣味は人それぞれ。同じ趣味を持つ者同士で集まっても、必ずしも全てが一致するわけではない。そこには必ず違いがある。その違いによって、酷い仲違いを起こしてしまう事がある。
だからこそ、妥協というものがある。自分の意思を貫く事は至高であるが、こと友人関係に関しては、妥協こそが関係を長続きさせる秘訣だと、恋は思った。




