手料理に感謝を
水族館から帰宅途中、二人は今晩のご飯を買いに近場のスーパーへ足を運んだ。産地直送の野菜コーナーやパックに包まれた肉や魚のコーナーを素通りして、出来合いの惣菜をカゴに入れていく。カゴ持ち担当の剛美は、次々と入れられていく惣菜の数々に不満が募っていた。
「咲さん。カゴの中が惣菜ばっかりなんですけど」
「お菓子とジュースもちゃんと買うよ」
「そうではなくてですね」
「あ、そうか。ご飯も買わないとね。パックのやつをいくつか買っておかないと」
「そういうわけでもなくてですね」
「お金出してくれるとか? 大丈夫大丈夫。一週間分の食費は貰ってあるから」
「手料理を振る舞ってくれないんですか?」
目を合わせる二人。咲は顎でカゴの中を指し、剛美は顔を左右に振った。出来合いの惣菜とは違い、手料理は調理・洗い物と手間が掛かる。それは剛美も承知の上であったが、やはり想い人の手で作られた物を胃の中に入れたいもの。互いに譲れない故に、二人は見つめ合った状態が続く。
そこへ、同じく晩ご飯の食材を買いに来ていた胡桃が通り掛かる。胡桃は公衆の面前で見つめ合う二人の熱愛ぶりに微笑ましさと恥ずかしさを感じて、他人のフリをして通り過ぎようとした。
通り過ぎた直後、二人が熱愛とは程遠い関係である事を思い出した胡桃は、二人のもとへ引き返して声を掛けた。
「咲ちゃんと剛美さんじゃん! 夏休み初日から一緒なんて仲良いね!」
「あ、シェフ」
「いつからアーシは咲ちゃん専属のシェフになったの……?」
「お邪魔虫は引っ込んでいてもらえませんかね」
「声を掛けただけでそこまで言われなきゃ駄目なの?」
剛美の言葉に苦笑を浮かべた胡桃。すると、剛美の手に持つカゴの中が惣菜で一杯なのを目にした。
「……同棲でも始めたの?」
「はい! 咲さんと一緒に暮らしてます! アナタと違って!」
「一週間だけね。アタシの両親は夏休みに入ると、一週間旅行に出かけるんだ。その機を狙ってコイツが家に押しかけて来たってわけ」
「なるほど、いつも通りの感じか。それでどっちも料理が出来なくて、出来合いの惣菜ばっかカゴに入れてるわけね」
胡桃の一言一句その通りで、思わず二人は引いてしまった。
しかし、分かってしまったのなら話が早いと、咲は胡桃に提案した。
「胡桃って暇してる? お金出すからご飯作ってもらえないかな?」
「アーシが?」
「そう。いい値でお給金出しますよお姉さん」
「では私がその倍出しますので、咲さんが作ってください」
「和食店でピザ頼むような注文だよそれは。人には出来る事と出来ない事があって、出来ない事を上手く避けていくもんだよ」
「じゃあ出来るようになりましょう!」
「先生気取りが。自分で言うのもなんだけど、アタシの手料理を食べた暁には、今後の人生は病院生活よ」
「…………覚悟は出来てます」
「即決出来ない覚悟なんか嘘に決まってんじゃん」
相も変わらず言い争う二人に、胡桃は苦笑を漏らすと、胸の奥がズキッと痛んだ。顔も名前も知っていて、交流もある自分がいるのに、二人は自分達の世界に入っている。その疎外感からくる孤独は、胡桃が忘れようとしていた過去であった。
「じゃあさ!」
尚も言い争う二人の間に、胡桃は声を張り上げて強引に割り込んだ。その声に引き込まれるように二人の視線が胡桃に向くと、胡桃は表情を取り繕って、二人に笑顔で提案してみせた。
「アーシも咲ちゃんの家に泊まるよ。一週間でしょ?」
「いいの!? 家の人に迷惑掛からない?」
「むしろアーシが迷惑になっちゃう立場じゃんか! せっかくの夏休みなんだし、やっぱ思い出作っとかないとね! それに、たまには……」
胡桃は次にくる言葉を吐き出す直前で言葉を飲み込んだ。それでも言いかけた事実はあり、胡桃は自己嫌悪した。
「胡桃がいると助かるよ! というわけで決定!」
「ちょっと待ってください! 私がまだ納得してません!」
「これは家主の決定です。文句は受け付けません。嫌なら帰って結構」
「グッ……! 咲さんとの合法同居生活が……!」
「合法つければ何でも通ると思ってんの? それじゃあ改めて。胡桃。これからよろしく」
咲は胡桃と軽く抱擁を交わすと、剛美のシャツを引っ張ってレジへ向かった。
「結局これ買うんですか?」
「だって恥ずかしいじゃん。一度入れた物を戻すのって」
レジへ向かう途中で、お菓子やジュースをカゴの中に入れていく二人。そんな二人の背中を見た胡桃は、やはり寂しさを感じてしまった。家族を優先して付き合いが悪かった胡桃の過去が思い出される。
「私だって、楽しく皆と……」
自分の過去に文句を言った所で何も変わらない事を悟ると、携帯で母親と弟にメッセージを送った後、晩ご飯の材料を選びに行った。




