夏休み
夏休み初日。咲は生活習慣を夏休みに切り替え、いつもより遅い午前十時に起床した。あくびをしながらリビングへ行くと、テーブルに一枚の書き置きと封筒が置かれていた。
【無駄遣いしないように!】
そう書かれた紙の隣にある封筒を覗けば、中には一万円札が三枚入れられていた。
「そっか。今日から一週間旅行か」
毎年咲が夏休みに入る頃、咲の両親は二人で旅行に出かけていた。決して咲を除け者にしているわけではなく、むしろ咲が二人の旅行についていきたくないから断っている。咲の両親は夫婦円満を表すかのように仲が変わらず、未だ十代の頃の恋人気分でいる。どれだけ他人のフリをしようとも、母親と瓜二つな顔と体格で親子だと分かってしまう。それならば、いっそついていかない方が良いと咲は思っていた。
冷蔵庫から取り出したオレンジジュースをコップに注ぎ、一口飲んでから着替えをした。テレビを点けると、すっかり夏服になった女性が天気予報を伝えていた。今週は晴れの日が続くらしい。
咲は二階の自室から課題を取ってくると、テレビの音を耳にしながら課題を進めた。三分の一が終わり、小休憩がてらにオレンジジュースを一口飲んだ。
「……ぬるい」
二杯目を注ぐついでに氷をコップに入れ、課題を再開しようとテーブルに戻った。
すると、テーブルに置いていた携帯電話に一通のメッセージが届いていた。送り主は剛美からであり【玄関】とだけ。意味不明であるものの、嫌な予感を覚えた咲は玄関へ赴き、台に乗って覗き穴から玄関前を確認した。
覗き穴から見えたのは女性の胸元。汗で滲んだ白いタンクトップには肌が透けていた。要するに、玄関前にいる女性は下着を着けていない。
咲は台を片付け、念の為にチェーンロックを掛けたまま鍵を開けた。
瞬間、扉が勢いよく開いた。チェーンロックのおかげで扉は半開きで済んだが、その隙間から、女性が顔を覗かせた。
「咲さん。おはようございます」
「おはよ。それで何の用?」
「素っ気ないですね。今日は夏休み初日。なのにご両親は旅行で留守にしているのでしょう? 一人寂しくしている所を賑わせようと、私が来たわけです」
「結構です」
咲は扉を閉めようとした。しかし、どれだけ押しても、扉に体当たりをしても、錆付いたように扉は微動だにしない。反対側から剛美が押しているからだ。
どうやってもどうにも出来ない事を悟ると、咲は剛美を一度下がらせ、扉を閉めてチェーンロックを外した。
そうして扉を完全に開くと、覗き穴や隙間から見えなかった物が露わとなった。
「……剛美」
「なんですか?」
「その足元にあるデカいカバンは何?」
「お泊りセットです!」
刹那。まさにその言葉のように、二人は行動に移した。咲は扉を閉めようと。剛美は扉が閉まるのを防ごうと。動き出したのは同時。だが体格に大きな差があり、咲が扉を閉めようとした時には、剛美の長い足が扉の下を抑えていた。
「帰って!」
「帰りません! せっかく咲さんと合法的に暮らせるんです! 帰れません!」
「最近しおらしくなったかと思いきや、なんなのさ!? 今度一緒に遊んであげるから!」
「二人っきりで?」
「…………胡桃と恋も誘おうよ」
「帰れない理由が一つ増えました!」
「なんでさ!」
そのやり取りは十分程続き、咲のため息をキッカケに終わった。
テーブルの上にオレンジジュースとアイスコーヒー。課題が広げられていた場所には、剛美が買ってきたケーキ。モンブランとショートケーキがあった。
「あのさ、本気で泊まるつもり?」
「聞くまでもない事を。宿泊代は出しますから」
「いらな―――いや、やっぱりいる」
咲はフォークで一口サイズにしたショートケーキを食べた。ほんの少しだけオレンジの風味が口の中に広がる。予想していない果物の風味に驚くが、これはこれでアリだと小さく頷いた。
「せっかくだしさ。どっか行こうよ」
「デートのお誘いですか?」
「アタシがどう言おうと、アンタはそう捉えるでしょ。それで、どっか行きたい場所ある?」
「そうですね……咲さんは何処に行きたいですか?」
「アタシ? そうだな~……あ」
咲は携帯電話を操作し、近場にある水族館の画像を剛美に見せた。
「ここ行きたい」
「では、そこへ行きましょう」
「ついでに胡桃と恋も誘って―――」
「咲さん」
「アンタはアタシの交友関係を終わらせる気なの?」
「今話していたのは、私と咲さんが二人で遊びに行く場所です! 他の女の名前を出すのはご法度ですよ!」
「そんなめんどくさい彼女みたいな……いや、めんどくさいは合ってるか」
「プンプン!」
「叩くよ? まぁ、別にいいか。それじゃあ行こうか。このケーキを食べ終えてから」




