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ヤベェクラスメイト

「……なんか、変な感じ」




 慣れない制服に若干の恥ずかしさを感じながら、咲は廊下を歩いていた。剛美に対する誤解が少し解けた事で、改めて登校する決心がついたのだ。




(ちょっと待って? ここって女子高だよね? この扉の先には、校則無視を常識とした問題児が集ってるって事だよね!?)




 自分のクラスの教室前に立ち、扉を開けようとした瞬間、脳裏によぎった偏見。その理由は咲が目にし、耳にした女子高に関する情報全てが偏見に満ちていたから。その情報を本当と捉え、自らも偏見を持つ。ネットの情報というのは、まさに伝染病である。




 不安で一歩前に出せずにいた咲であったが、先日お見舞いに来た剛美を思い出した。彼女と顔を合わせたのは、初登校途中でぶつかったのを合わせれば二回しかないが、お見舞いに来た彼女の言葉には少なからずの好意があった。




 剛美の威を借りる事を念頭に、咲は教室の扉を開いた。




「あ! 皆様、いらっしゃいましたよ!」




「こちらが咲様ですの? 可愛らしい娘ですわ~!」




「どうぞこれから、私達とよろしくお願いいたしますわ~!」




 教室にいたおよそ二十名の女子生徒。その全員が清楚を体で表したような見た目をしており、口調が何故かお嬢様のようであった。この学校の偏差値は底辺高校ランキング上位層であり、スポーツが強いわけでもない普通の女子高である。




 咲が想像していたような不良はいなかった。しかし、これはこれで恐ろしい光景である。例えるならば、ある日唐突に家族全員がコスプレ姿で生活し出したかのよう。つまり、違和感による恐怖だ。




「咲さん!」


  


 遅れて教室に来た剛美が後ろから咲を抱きしめた。倍以上ある体格差の為、咲は完全に剛美に包み込まれ、鍛え上げられた筋肉が咲を襲う。




「皆さん。こちらが咲さん。これから皆さんと共に青春を歩むご学友です。以前から申していたように、皆で仲良くしていきましょうね」




 さて、ここで何故クラスメイトがお嬢様擬きになっているかを説明しよう。初めの彼女達は、皮肉な事に咲の偏見通りの不良であった。勉強はもちろん、素行も悪く、中学時代に警察沙汰まで発展した問題を起こしていた。そういった問題児が一つのクラスに纏められれば、当然として問題は起きる。




 しかし、そんな不良達は入学初日にして一人の女子生徒に懐柔された。その生徒は何を隠そう剛美である。とはいっても、剛美が何かをした訳ではない。彼女達は勝手に想像した。喧嘩に明け暮れた彼女達は、自ずと相手の強さを見極める観察眼を開花させていた。




 その観察眼が剛美をこう認識した。




【死】




 そうして、彼女達は不良から反転し、お嬢様となった。誰一人として遅刻をする事なく、通り過ぎざまには挨拶を交わし、学校だけでなく外でも品行方正であれと心に焼き入れた。




「どうですか咲さん。皆さん、良い人ばかりでしょう?」




 剛美が抱きしめていた咲を離すと、咲は剛美に体を預けた。咲が心を開いてくれたと剛美は思っているが、実際は絞め落とされる寸前で気絶間近になっているだけ。そうとは知らず、剛美はますます咲に対する好意が高まり、クレーンゲームのように咲を抱えて席へ案内した。




「ここが咲さんの席ですよ。前の席が私なので、いつでもお話が出来ますね! でも、授業中は真面目に取り組みましょうね。あー、でも私は耐えられるでしょうか! 今も咲さんとお話したい事が山ほどあって時間が足りないのに~!」




 一人盛り上がる剛美。咲は意識が朦朧とする中、何処かに癒しを求めていた。




 ふと、隣の席に目を向けると、咲の隣の席には化粧中のギャルがいた。机の上はメイク道具で埋め尽くされ、中央に鎮座する鏡に映る自分の顔を見ては、不満気に首を傾げた。




「お忙しい所すみません。アナタ様のお名前を聞いてもよろしいですか?」




「なにそのかしこまった態度……アーシ、海老名胡桃。胡桃でいいよ」




「胡桃様」




「なんで様付けんのさ……えっと、咲ちゃんだっけ? これからヨロ~」




「はい。常識人同士、仲良くしていきましょう」




「……まぁ、言わんとしてる事は分かるよ」




 咲は胡桃の本質を理解していた。一見すると、胡桃は不良の類に入る生徒。しかしこの学校はメイクを承認している為、校則違反をしているわけではない。




 そして咲はまだ知らないが、胡桃は毎朝五時に起きては、母親と小学生の弟の為に朝ご飯を作り、学校が終わればバイトをして生活費の足しにしている。端的に言えば、超良い子である。




 咲と胡桃。初対面である二人が早速意気投合した場面を目にした剛美は、嬉しさの裏で、ほのかな嫉妬の炎を燃やしていた。 

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