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演劇

 帰りの電車は行きよりも静かだった。外は夜に包まれ、車内の白い明かりが二人の姿を窓に映す。外側の二人が本物なのか、あるいは内側にいるのが本物か。どちらとも取れるように、二人の間には会話が生まれなかった。




 あの海で起きた出来事は、二人の関係や互いの印象を改めさせた。それにより、剛美は咲に強気に行けず、そんな剛美を咲は構いもしなかった。変化というものには、いつも最初に停滞が起きる。




 咲は向かいの席に座る剛美を眺めた。最初に見た時は不釣り合いなように見えたが、憂鬱気な今の剛美には黒いワンピースもよく揺れる髪も似合っていた。そう思えば思う程に、昨日までの鬱陶しい彼女がもう見れないと思うと、どうしてか無性に寂しくなった。 




 駅に着き、電車から降りて駅の外へ出る。その間、人の姿は数える程しか見当たらなかった。街の光は何処も消えていて、点いている建物には世知辛さを感じた。あの明かりにいるであろう大人は、望んで今の時間までいるのだろうか。きっとそうではないと、咲は心の中で断言した。




 街灯照らす夜の道。たまに手の甲が触れ合う距離にいても、やはり二人の間に会話が生まれない。不思議と時間が長く感じる非現実的な感覚を覚えながら、ただ歩いていた。




 そうして辿り着いたのは、公園だった。公園の中を数歩歩いて、ようやく剛美は疑問を口にする。




「帰らないんですか?」




 この公園は咲の家とは真反対にある。剛美はそれを駅から気付いていたが、それを指摘するには不安が大き過ぎた。




 咲はブランコに座ると、足で地面を蹴ってブランコを軽く揺らす。その表情はとても楽しそうにも見えず、かといって退屈そうでもなかった。




「剛美はどうしたいわけ」




 何の前触れもなく、咲が剛美に言う。前提が抜けた問いであったが、何を問いかけているのかは、剛美には分かっていた。剛美はブランコの囲いの外側に立ちながら、ブランコを揺らす咲の様子を眺めながら言った。




「普通になりたいです」




「普通って?」




「みんなと同じようなものを楽しめて。みんなと同じようなものに興味を抱く事です」




「つまんないね」




「でしょうね。でも、私にとっては大きな目標です」




「アタシはアンタが普通になったら嫌だよ」




「どうして?」




「今みたいにつまんないから」




「……それは、つまり。今の私は、普通になれているという事ですか?」




「なれてるんじゃない? だって、アンタが憧れてる普通って、いてもいなくても一緒な存在。空気みたいな人間だよ。本当の自分を押し殺して、何でも他人に合わせる。相手に嫌な思いをさせるのが嫌で、自分の意見を中々言えない。そんなの、一緒にいて楽しいわけないじゃん。例え同じ趣味を持った友達でも、何処かには違いがあって、その違いが楽しいものなんだよ」




 咲はブランコから降りると、次にシーソーの真ん中に立った。シーソーを左右どちらにも傾けさせないようにして、たまにわざとバランスを崩してはもう一度バランスを取る。それは本来の遊び方でもなければ、傍から見ても面白そうとは思えない遊び方であった。




「意外とバランスを取るの難しいんだよね。小さい頃にやったきり、今までやってこなかったけどさ」




「咲さんは意外とヤンチャだったんですか?」  




「誰だって小さい頃はヤンチャだよ。それを十五過ぎた歳でやるからこそ、不良だなんて言われるのさ」




 咲はシーソーから飛び降りると、今度は回転する球体のジャングルジムに向かった。小柄な咲はジャングルジムの穴からスルりと内側へ侵入し、柵を握りながら体を揺らしてジャングルジムを回転させた。




「アタシらはまだ子供。どれだけ頭が良くても、どれだけ悟っていても、結局それらは小さなものなんだよ。だからきっと大人は言うんだ。若い内に自由でありなさいって。大人になれば、嫌でも現実を知るんだ。それまでは、未熟なまま自由を楽しめばいい。無理や遠慮は、子供のアタシ達には必要ないんだ」




「でも、それで誰かに迷惑をかけたら? 自由はその言葉ほど広くない。度が過ぎた自由は、暴力と変わりありません。それによって、誰かの将来を阻む障害を埋め込むかもしれない」




「なら死ねばいい」




「え?」




「誰かの迷惑になりたくないなら、いっそ自分がいなくなればいい。そうすれば罪悪感や不安を覚える事は無くなるよ」


  


「……それは極論というものです。読めましたよ、咲さん。アナタはやっぱり、優しい方ですね」




「自殺を提案する人間の何処がさ」




「そうやって悪い人を演じて、私に否定を馴染ませようとしているのですよね。アナタはいつだって、私を気遣ってくれましたから」




 咲はジャングルジムから抜け出すと、滑り台の階段を上り、頂上から剛美を見下ろした。




「大体さ、もうアンタは結構アタシに迷惑掛けてんの。そう考えたら、今更遠慮する必要なんかないでしょ」




「それでは、これからも私と友達でいてくれますか?」




「たまに出るアンタのメンヘラをアタシだけにぶつけなければね」




「それは受け止めてくださいよ。咲さんの寛大さで」




「アタシは精神科の先生でもなければ、神様仏様のような徳の塊じゃない。まぁ、今日の弱いアンタを手玉に取れるのは気分が良いし、たまにならいいよ」




「フフ。あーあ、咲さんともっと早く出逢いたかったなー。一緒にいてこんなに自分を出せるのは、他では代用がききません」




「勘弁してよ」




 咲は滑り台を滑ると、一人公園の出口へ向かった。剛美は追いかけようとはせず、去り行く咲の背中をジッと眺めていた。




「あ、そうだ」




 公園から出る寸前、咲は剛美に振り返る。




「剛美! また明日!」




 剛美の返事を待たず、咲は自宅へと走っていった。




 公園にある街灯が、演劇のスポットライトのように剛美の姿を照らしていた。照らし出された剛美は、悲劇のヒロインでもなければ、主人公でもない。舞台上で魅せる主人公に見惚れる一人の観客であった。

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