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輪の外

「気を取り直して、特訓を再開しましょう」




 ボロボロの姿からは想像もつかない穏やかな表情で剛美は言った。




「まだやるのこんな下らない事……」  




「咲さん。これはアナタの為でもあるんです。私と咲さんが良い仲になった頃、咲さんの可愛さにいちいち気絶しては話が進まないでしょう?」




「決定事項のように言うね。良い仲って、恋人の事でしょ? なら、アンタなんかよりも恋の方が良いわよ」




「ど、どうして!? 私とソレはほぼ一緒の類ではありませんか! それなのにソレを選ぶのですか!?」




「だって、パソコンとか詳しいし。あと、うるさくないし」




 咲がそう言うと。恋は咲の傍に寄り、ソッと自分に抱き寄せた。咲のつむじに顎を乗せながら、剛美に視線を向けると、憎たらしい笑みを見せた。それは勝者の余裕であり、噴火寸前の剛美は正しく敗者であった。




「まぁ、でも。どうせ彼女にするならやっぱり胡桃だよね」




「「は?」」




「だってそうじゃん。優しくて気が利いて、それに社交性もあってさ。彼女としては百点満点。文句のつけようがないね」




 二人の殺意が研ぎ澄まされた。これは単なる世間話ではなく、どちらが咲の恋人に相応しいかの勝負。舞台に上がっていない胡桃が選ばれるのは、二人にとって面白くない事であった。




 剛美は稽古場の隅に置いていたカバンから携帯電話を取り出すと、胡桃に電話を掛けた。




『もっしー剛美さん? どしたのさ?』




「胡桃さん。今日、お時間よろしいでしょうか? 今、咲さんと恋さんと三人で遊んでいるのですけど、胡桃さんも仲間に入れたくて」




『え~、アーシ抜きで遊んでたん? もちろん行くよ! 今週の土日はオフだから暇してたとこなんだ!』




「そうですか。それでは、場所をお教えしますね」




 一時間後、胡桃が稽古場に到着した。胡桃が入るや否や、不自然に笑う剛美と恋に拘束され、強制的に正座された。てっきり遊ぶものだと思っていた胡桃は、目の奥で憎しみの炎を燃やす二人に見下ろされ、剛美の誘いに乗った事を後悔し始めていた。




「胡桃さん。騙すような真似をしてごめんなさい。でも必要な事なんです。私と恋さんに足りないものを知る為に」




「足りないもの……?」




「オレとコイツを差し置いて、咲はアンタを選んだ。彼女にするならアンタがいいと」




「え~マジ~! 咲ちゃんったら、アーシのこと好きすぎっしょ!」




 瞬間、剛美と恋の手が胡桃の頭を掴んだ。頭にめり込む程の指の圧に、胡桃の笑顔が崩れていく。




 サイコホラーの空気が漂う中、昼食を買いに出ていた咲が稽古場に戻った。




「あれ、胡桃じゃん。丁度いいタイミングだったね。お昼ご飯買ってきたから一緒に食べよ」




「咲さんおかえりなさい! 怪我はありませんでしたか? 怪しい人に声を掛けられませんでしたか? 躾のなってない動物に絡まれたりしてませんか?」




「お母さんでもそこまで心配しないよ。それよりさ、ここってテーブルとかないの? このままじゃ床置きで食べる事になるけど」




「ピッツァのピザだ。パイナップル乗せてる?」




「アタシは食べ物を粗末にしないの。ピザ以外にも色々買ってきたから、好きに食べよう。あ、剛美。カード返すね」




「お金足りましたか?」




「なんか知らないけど、そのカード見てビビってたよ」




 さっきまでの殺伐とした空気が嘘のように和やかになった。胡桃は二人に殺されかけた事を咲に伝えようとしたが、和やかになった空気を壊してまでする話ではないと判断し、胸の内に秘めた。 




 結局テーブルや箱が見当たらず、ピザやサイドメニューの類が床に並べられた。




「それにしても、不思議な集まりですね。それぞれ全く違う人間が、輪になって一緒にピザを食べるなんて」




「アンタ一枚も食べてないけどね」




「チーズが少し苦手でして。チーズさえ無ければ食べられます」




「それはピザって呼ばないんじゃないか?」




「みんなはピザの厚さはどれが好き? アーシ薄いやつ」




「アタシも薄いの」




「オレは厚くてパイナップルが乗ってるピザ」




「いや、パイナップルは邪道っしょ! 恋ちゃ―――ごめんなさい」




「逆に聞くけど、なんでパイナップルを乗せるのさ。フルーツとジャンクは水と油みたいなものじゃん」




「食ってみろ。面白いぞ」




「美味しいわけじゃないんだね……」




 話題がピザ中心になっている所為で、中々輪に入れない剛美。スティック状のフライドチキンをチビチビと食べ進め、カップに入っていた十二本を全て平らげた。一人で食べてしまった事に申し訳なさを感じるも、誰もその事を指摘する様子はなく、みんなピザばかり食べていた。




 剛美はピザを見た。野菜や肉を乗せたタップリのチーズ。噛んで尚、ゴムのように伸びる濃厚さ。大抵の人間なら食欲そそられる見た目だが、剛美にとっては気味の悪いものでしかなかった。幼少期から徹底した食生活を送らされ、それ故に植え付いた偏見。その偏見を払拭するには、ただ食べるだけでは済まない。人が胎児に戻るような不可能な事であった。




 昼食を食べ終え、四人は何をするでもなく床に転がっていた。恋は胡桃の隣にまとわりつき、パイナップル乗せのピザの良さを永遠と説明している。助けを求める胡桃の視線から逃れるように、咲は剛美の傍に寄った。




「それで? まだ特訓するの? 普通に遊んだ方が有意義だと思うけど」




「……いえ。今日はもうやめましょう」




「そっか」




「ただ、その……明日、時間を頂いてもよろしいですか?」




「また特訓?」




「いえ、まぁ、その……ちょっと、確かめたい事があって」




「ふーん。いいよ。どうせ暇だしさ」




「良かった。それじゃあ、明日の午後迎えに行きます。気合いの入った服装、楽しみにしてますね」


 


「デートのつもりでいるの? 決めつけちゃってさ……まぁ、考えとくよ」

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