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朝から重い

 鳥がさえずる早朝。休日であるにも関わらず、咲は早起きしてしまった。まだ六時前という早い時間に起きてしまった咲は二度寝をしようとするも、どうも寝付けず、瞼を閉じても暗闇を見るだけだった。




 一階に下りると、父親のお弁当の準備をしている母親に出くわし、二人で味見という名のつまみ食いをした。




「せっかく早起きしたのなら、散歩でも行ってきたら?」




「散歩かー」




「それか一緒にお父さんを見送る? といっても、あと一時間は待つ事になるけど」




「じゃあ散歩行ってくる。タイミング合えば、パパの見送り一緒にするよ」




「パパ喜ぶわよ~。いつもはお昼まで寝てる咲が見送ってくれたら」




「仕方ないでしょ。アタシはパパの娘だもん」




 コップ一杯の水を飲んだ後、上にジャージを羽織って外に出た。




 外は明るいのに、人も車も見当たらない。今だけは、この世界を鳥たちが独占しているように思えた。鳥たちは道を歩く咲を目にしては、不思議そうに首をかしげている。




 しばらく歩いて河川敷。朝陽を反射する川を横目にしていた咲は、前方でランニングをしている女性の姿を見た。遠目からでも女性は大きく、更に鍛え上げられた体をしていた。その二つの特徴から、あの女性が剛美だと咲は確信した。




 一方で、ランニングをしていた剛美は、前方に咲がいるのを目にした。耳に着けていたイヤホンを外し、小走りを疾走へと切り替え、逃げる隙さえ与えずに咲に近付いた。




「おはようございます! 咲さん!」




 早朝の河川敷で、不思議な繋がりがある二人が出逢う。これを運命・ロマンチックなどと言うべきか。少なくとも、咲は胃もたれを起こしかけていた。




「咲さんもジョギングですか? 奇遇ですね! 私も朝は走って健康を維持しているんです! 朝は一日の始めというように、空気や景色には新鮮味があって気合いが入るんです。今日も二十四時間を有意義に過ごすぞって! そしたらなんと、咲さんと出逢えました! もう今日は良い日になる事間違いなしです! これもきっと運命。咲さんと私は、いつ如何なる時も出逢う定めなんですよ!」




 朝からハイテンションな剛美を前にし、咲は目眩いがした。例えて言うのなら、朝からチーズピザをコーラで胃に流されたような。吐き気をもよおす重みがあった。  




「ウプ……ちょ、ちょっと待って……」




「どうしました!? 体調が優れないのですか!? すぐに救急車を―――いえ、私が病院まで運びます! 車より早く駆け込む事を約束いたします!」




「ちょっと本当に黙って……朝からアンタの姿と声で、気持ち悪くなってきた……」




「キモッ!? さ、咲さん! 私が何か悪い事をしましたか!? すぐに改めます!」




「じゃあちょっと黙ってて」




「はい!」




 咲は丘の真ん中あたりまで下りると、ゆっくりとしゃがみ込んだ。穏やかに流れる川の様子を眺めている内に、段々と気分が良くなってきた。しかし、依然として憂鬱な事に変わりない。




 何故なら、しゃがむ咲のすぐ目の前で、同じくしゃがみ込んだ剛美がニコニコと笑顔を浮かべながら咲を凝視していたからだ。視線を少しズラして川を眺めても、視界の端に剛美が映ってしまう。本人にその気がなくとも、無言で見つめられるというのは怖いものだ。




「……アンタさ。ランニングしてたでしょ。なら戻りなよ。馬鹿みたいに走ってさ」




「咲さん。人生において、大事な事はなんだと思いますか?」




「……お金」




「そうです。人生において大事な事は、大切な人の傍にいる時間です」




「おかしいね。こんなに近い距離で話してるのに聞き間違えたんだ。それともアタシが言い間違えたのかな。念の為にもう一度言うね。人生で大事なのはお金だよ」 




「はい。愛ですね」




「ちゃんと耳くっついてる? それとも愛はお金で買える物だと認識してるの?」




「全員が全員ではないと思いますけど、買える人はいるんじゃないですか?」




「否定しずらいな。確かに一千万くらい渡されたら買われちゃうかも」




「安すぎます!!! 咲さんは一億、いえ十兆、いいえお金では買えない尊き存在です!」




「過大評価し過ぎ。アタシは神か仏か」




「咲さんは私の大切な人です!」




 笑顔でそう断言してみせた剛美に、咲は呆れ過ぎて笑みが零れた。




「そろそろ戻ろっかな。剛美、ランニングのついでにアタシを家まで送ってよ。車より速いんでしょ?」




「お任せください!」


 


 剛美は咲を背負い、咲の要望通り車よりも速いスピードで咲の家へと駆けて行った。




 子供の頃からずっと一人でランニングをしていた剛美にとって、今日という日ほど、朝のランニングを有意義に感じた事はなかった。

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