お見舞い
咲は震えていた。咲がいるベッドの横に座っているのは剛美という同級生。この剛美という女学生は十代でありながら数々の格闘技を習得し、背も百八十超えという強女であった。
そんな剛美から放たれる圧に当てられ、ベッドの中に隠れている咲は産まれたての子鹿のように震えていた。
(どうして……どうしてあの人が部屋に……!?)
時を巻き戻して十分前。剛美は不登校が続く咲のお見舞いに来ていた。それは誰に言われたとも、指示されたわけでもない。剛美自身が決めた事。
チャイムを鳴らして数秒後、出迎えたのは咲の母親。小柄な咲に負けず劣らず、咲の母親も中学生と見間違えそうな容姿。そんな小柄な彼女に対し、剛美はまるで鉄塔のようであった。
「おっき……」
「あ、あの。咲さんのお家で、合ってますよね?」
「え? え、ええ、そうです。あの、娘が何か……?」
「初めまして。咲さんと同じクラスの剛美と申します。今日は咲さんの様子を見に来ました。入学初日から出席せず、先生に聞いてもはぐらかされるばかりで。突然ですが、こうしてお見舞いにやってきました」
剛美は深々とお辞儀をした。その高身長から繰り出されるお辞儀は、まるで塔が倒壊したかのような圧があり、目の前に立っていた咲の母親の前髪が舞い上がった。
この剛美という女の子。何を隠そう、滅茶苦茶良い子なのである。格闘技界で狩人と呼ばれていた両親から産まれた剛美は、当然のように両親の格闘センスを受け継ぎ、幼少期から様々な格闘技を習った。その成長速度は凄まじく、あっという間に剛美は次世代の脅威となる怪物として目をつけられていた。
しかし、剛美が格闘技界に現れる事は無かった。何故なら、剛美が自身をか弱い女の子と信じてやまなかったからだ。そんな彼女の悩みは、女の子らしくない背の高さと鍛え上げられた筋肉。
そして、現在に戻る。状況を纏めると、剛美は一ヶ月も不登校が続く咲が心配でお見舞いに。咲は剛美が自分の家を特定し、遂に乗り込んできたと思っている。
「どうして学校へ来ないんですか? みんな優しくて、楽しいですよ? 私も咲さんと一緒に色んな事をしたいです」
(色んな!? 色んなイジメを!? 本人を目の前にして、堂々と言ったよこの人!?)
「あ、そういえば! ここへ来る途中で、凄く可愛い野良猫がいたんですよ!」
(可愛い野良猫……もしかして、ゴロウさんの事かな? アタシが近付いたら、いつもお腹を見せてゴロゴロ鳴いて。確かに可愛いよな~!)
「私、思わず可愛がってしまいました!」
(ゴロウー!!! え、なに、人だけでは飽き足らず、動物もイジメてんのこの人!? 見境無さ過ぎでしょ!?)
「あ、それから!」
(まだ被害者が!?)
「私達のクラスの担任の若菜先生。まだ若い新任の先生なんですけど、凄くしっかりしてる人なんです。この間なんか、重い荷物を持ってたので手伝おうとしたのですが、これは先生の仕事なので大丈夫と言われたんです。なんだか大人っぽくて、少しキュンとしてしまいました」
(それはアンタが怖いから逃げたんじゃ? というか、キュンって何だよ。ちょっと可愛いじゃん)
「ですので、先生ごと持ち上げて職員室まで運んであげました!」
(いや大人のプライド! 先生が生徒に、しかもまだ新任の新人が生徒に運ばれて職員室に現れたんじゃ、色々と恥ずかしいでしょうが! ていうか持ち上げてって何!? 森の巨人か何かか!?)
「それからそれから! クラスで凄く派手な女生徒がいまして! うちの学校は多少のメイクは許容されてるらしいのですが、その子は既に二十八度の生徒指導が行われてるんですよ!」
(おいおいエピソードトークが尽きないな。一人で喋ってばっかじゃん。そろそろ相手にされてない事を自覚して帰れよ。帰してください神様仏様)
言葉と心。二人は高度な会話を繰り広げていた。そうして咲は、最初に感じていた剛美への恐怖が今となっては過去のものとなり、代わりに面倒臭くなっていた。
「……咲さん。ごめんなさい。急に押しかけて、一人で喋ってばかりで。私、咲さんと入学式前に出会ってから、咲さんと一緒に学校生活を送るのを楽しみにしてたんです」
(アタシと……?)
「ですが、咲さんには、咲さんの事情があるんですよね? なら、無理に学校へ来てとは言いません。ですが、もし私に出来る事で力になれるというなら、是非私を頼りにしてください。頭はあんまり良くないけど、それでも、咲さんのお力になれるよう頑張ります!」
咲は揺らいでいた。トラウマとして根付いていた剛美と、今隣にいる剛美。どちらが本当の彼女で、どちらが偽物か。同い年の女子と比べて小柄な咲だったが、その精神はポジティブなものであった。
「……別に、助けとかいらないし」
咲は被っていた掛け布団から頭を出し、剛美に背を向けたまま言った。
「学校に行かなかったのは、ちょっと誤解してただけっていうか……」
「誤解?」
「そう、ただの誤解。でも、アンタが今日来なかったら、一生このままだったかも……だから、その……ありがと。わざわざ来てくれて」
「咲さん……!」
剛美は感動していた。幼い頃から意図せず何かを壊してばかりの彼女は、初めてお礼の言葉を貰った。その言葉をくれたのが、剛美にとって理想の相手である咲から。剛美は嬉しくて、嬉しくて、その嬉しさの余り、体が動いていた。
「咲さん!」
剛美は咲が掛けていた布団を強引に引き剥がし、馬乗りになりながら顔を近付けた。鼻と鼻がくっつく超至近距離。見えるのは互いの瞳。
しかし、秘めた想いは真逆であった。
(嬉しい! 嬉しい! まさか咲さんから褒めてもらえるなんて! 咲さん、大好きです!)
(怖い怖い怖い! なんで!? どうして!? アタシが生意気な事言ったから怒った!?)
誤解が尽きない二人の関係。二人が友達になるのは、まだ先の話になりそうだ。