第7話 放課後デート
雨の降った水曜日。
部活の無かったひかりと一緒に、いつもより早く下校した誠司は、一緒に答辞を考えようと、駅前のカフェにひかりを誘った。
この日の二人はいつものバス停で下車することなく、ささやかな非日常を共有する。
目的のバス停で降りてから、駅前通りのアーケードに入って傘を畳んだ二人は、そのまま目的のカフェへと肩を並べて歩き出した。
「鞄も置かずに、そのまま来ちゃったね」
「うん。誠司君から誘ってくれて嬉しい」
鞄を肩に掛けているものの、畳んだ傘を持っているので、誠司の左手は空いていない。
ひかりは熟考の末、誠司の右腕に自分の腕を絡ませた。
「ひ、ひかりちゃん」
突然のひかりの行動に、誠司は動揺を隠せない。
ひかりは誠司の顔を見上げて、少し甘えた様な仕草を見せる。
「こうして歩いてみたかったの……駄目かな……」
「駄目じゃないよ……」
動揺する誠司の顔を見上げつつ、ひかりは自分がいつもより大胆なことを自覚していた。
少年との距離を無くしてしまいたい衝動に駆られるのは、純粋な愛おしさに加えて、どこかに不安を感じているからなのだろう。
きっとこの時期、殆どの高校三年生はたくさんの物を胸に抱えている。
ひかりもその中の一人であり、残り少ない学園生活のこと、そして春には必ず自分を取り巻く環境が大きく変化してしまうことなどが、いつも頭のどこかにある。
それでも、と、ひかりは思う。
それでもきっと、この優しい笑顔の少年だけは変わらない。そして自分の想いもずっと変わることは無い。
私、幸せだ。
こうして安らぎを与えてくれる少年の存在を、ひかりの心はどうしても求めてしまうのだ。
「ひかりちゃん、見て」
誠司が目を向けている先には、小さな列を作っている店があった。
「ほら、あれが学園祭の前に一日だけ研修に来た、たこ焼き屋だよ」
「あの美味しかったやつだね」
「どう、ちょっと並んで食べていく?」
「うん」
買い食いは普段あまりしない。というか、学校の立地的に周囲にそう言った店があまりなく、できないと言った方が適切だった。
たこ焼き屋の前で、ソースの匂いで食欲を増しつつ順番を待っている間、ひかりは周囲を見回して学生を誘惑する店の数を数えてみる。
「ここまで来ると、色々誘惑が多いね」
「そうだね。今日は誘惑に負けて、ちょっとひかりちゃんと食べ歩きたいな」
「じゃあ、一個買って二人で半分こしよ。そしたらたくさん周れるでしょ」
「うん、そうしよう」
列が進み順番が回ってきて、誠司は六個入りのたこ焼きを注文する。その顔をたこ焼き屋の店主はじっと見て来た。
「おにいちゃん、見た顔だね」
「はい、学園祭の時に、一日だけ研修に来させていただきました。その節はありがとうございました」
誠司が丁寧にあいさつをすると、明確に思いだしたのか、店主は小さく何度か頷いた。
「ああ、あの時の。聞いたよ。けっこう評判良かったそうじゃないか」
「はい、お陰様で。投票で学年一位を頂きました」
「そりゃあ良かった」
グッと親指を立てて見せて、店主は誠司の陰になっていたひかりに目を向けた。
「そこにいるのは、研修に来たときのお嬢さんかい」
「いえ、あの時はクラスメートと来ました。今日は彼女と一緒なんです」
「そうか、おにいちゃんもやるねえ」
彼女とはっきりと言われて、ひかりは嬉しさを噛み締めつつ頬を赤く染めた。
陽気に笑い声をあげた店主は、焼き上がったたこ焼きを、昔ながらの舟皿に器用に詰めていく。
「お待ちどうさま」
「あの、六個入りを頼んだんですけど」
「なあに、おまけだよ。可愛い彼女と食べな」
手渡された包みには二人分の舟皿が入っていた。
下手糞なウインクをした店主に、誠司とひかりは丁寧にお礼を言ってから、その場を後にした。
目的のカフェに着いた時には、もう二人のお腹は、そこそこ満たされている状態だった。
「どう? ひかりちゃん」
「少し食べ過ぎたかも……」
この商店街がそうゆうところなのか、一緒に周ったひかりが可愛すぎたからなのか、立ち寄った店の全てで、おまけを頂いてしまい、あっという間に二人のお腹の容量はいっぱいになったのだった。
誠司はホットコーヒーを、ひかりはカフェラテに口をつけつつ、二人は何故こうなったのかを考えていた。
「一人分しか頼まないものだから、苦学生だと思われたのかも。人情溢れる商店街の人たちはそうゆう学生を放っておけないのかも知れないよ」
ひかりが人情説に行きつくと、誠司はそうかも知れないと共感しつつ首を傾げた。
「うーん、それにしても、あの肉屋のおばあちゃん、コロッケにメンチカツをおまけしてくれたよね。八十円のコロッケに二百円のメンチカツをおまけするってどうゆうことなんだろう……」
結局、たこ焼き屋から始まった商店街の食べ歩きは、団子屋、大学芋屋と行って、最後に肉屋のメンチカツで終了した。
「しまった……」
カフェの店内に掛けられてある時計を見上げ、誠司はホットコーヒーのカップを片手に、苦い顔をした。
「ごめん、ひかりちゃん。俺、答辞のことすっかり忘れてた……」
「いいよいいよ。また明日やろうよ」
やらかしてしまったと反省する少年を愛おしく思いつつ、思いがけないデートを出来たことに、ひかりはこの上ない幸せを感じていた。