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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第一章 早春の日々
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第6話 生徒会室にて

 昨日の島田の一件で、昨日ひかりが用意していた答辞の内容に関する検討は、今日に持ち越された。

 誠司は昨晩よくよく考えたあげく、国語力に信頼のおける清水ゆきに、答辞の校正のチェックをお願いすることにした。

 朝一番に誠司がひかりと連れ立って職員室に頼みに行ったところ……。


「時任さんと高木君が朝一に連れ立ってやって来るなんて……なんと尊い……生ときめきをありがとう」


「生ときめき」というのが大いに気になったが、清水先生は目をキラキラさせて、二つ返事で引き受けてくれた。

 午前中は先生も自分たちも授業があるので、午後から生徒会室を使わせてもらって、答辞のチェックとリハーサルをすることとなった。


 そしてお昼休みが明けた五限目。

 美術室でいつも通りお弁当を済ませた誠司とひかりは、そのままゆきと待ち合わせた生徒会室へと直行した。


「失礼します」


 ノックをしてから生徒会室の戸を開くと、そこには清水ゆきともう一人、ひかりに答辞を頼んだ前生徒会長の東山友梨ひがしやまゆりが席に着いて待っていた。


「時任さーん」


 ひかりが部屋に現れると、東山友梨はパッと顔をほころばせて席を立ち、ひかりにサササと寄ってきた。


「東山さん? どうして? 自習の時間じゃあ……」

「お待ちしてましたのよ。ささ、こちらにお座りになって」


 皆まで言わせず友梨はひかりの手を引いて、席へと案内した。普通の椅子だが、けっこう厚みのあるクッションが敷いてある。


「すぐお茶を淹れますわね。緑茶と紅茶がありますけど、どちらになさいます?」


 呆気にとられていて、ようやく今気付いたが、東山友梨は多分誠司の存在に気付いていない。

 少女漫画のヒロインであるひかり以外は、目に入っていないということなのだろう。


「えっと、誠司君、どっちがいい? 私、誠司君と同じものがいいな」


 ひかりがそう聞いてきたので、ようやく東山友梨は入り口で立ち尽くしたままの誠司の存在に目を向けた。


「だれ?」


 そこまで冷たくしなくても……。


 口には出さなかったが、ひかりとのあまりの温度差に、誠司はちょっと傷ついた。


「えっと、二組の高木誠司です」

「はあ、それでその高木なにがしさんは、この生徒会室に何の用でしょうか?」


 彼女は明らかにひかりとの時間を邪魔されて苛立っている。ちょっとあからさますぎる程、そういったものが態度に表れていた。

 劣勢に立たされた誠司を、ひかりより先に助けたのは清水ゆきだった。


「東山さん、高木君は時任さんの大事なパートナーなの。時任さんがベストコンディションで卒業式の答辞に臨めるよう、彼は陰で支えてくれているのよ」


 ゆきに説明されてなお、納得はしていないといった感じで、東山友梨は見事な仏頂面を誠司に向ける。


「はあ、ではまあ、そこにお座りください」


 分かっていたことだが、やむなしといった感じでクッションも何もない硬い椅子を勧められた。


「で、高木なにがしは何を飲みたい?」

「では緑茶で……」


 ぞんざいに扱われるのに、誠司も少し慣れて来た。

 そして東山友梨は、ひかりの方を向いた途端、露骨に愛想が良くなった。


「時任さんもそれでよろしいでしょうか?」

「はい。彼と同じもので」


 完全に苦手なタイプの人だった。


 生徒会長をしていた東山友梨に関しては、節目節目の行事に必ず生徒たちの前に出てきていたので、あまり女子のことを知らない誠司も顔ぐらいは知っていた。

 色白でちょっと痩せ気味の彼女は、ひかりと身長が同じくらいにも拘らず、若干小柄に見えた。あまり目立つ感じではないが、黒髪の下の銀縁眼鏡の奥にある眼はキリッとしていて、やや神経質そうな感じはあるものの、一本筋が通っている人といった印象だった。


 おや?


 ほんの僅かな時間のあいだ、東山友梨について観察していた誠司は、ふとあることに気付いた。

 よく見ると東山友梨は、ひかりと同じ感じのロングヘア―だ。しかも、前髪の感じがひかりとそっくりに仕上がっている。

 そこはきっと、ひかりのことが大好きな彼女のこだわりなのだろう。

 淹れてもらった緑茶を一口頂いたタイミングで、清水ゆきは今日の本題に入った。


「では時任さん。用意してきた答辞を拝見させてくれる?」

「はい、先生」


 ゆきはひかりから原稿を受け取ると、しばらく集中して内容を確認した。

 目をとおし終えてから、ゆきは原稿をひかりに返して講評を告げる。

 

「とても上手に書けていたわ。さすが時任さんね」

「本当ですか? ありがとうございます」

「ねえ時任さん、今ここで本番だと思って、その答辞を読み上げてもらっても構わないかしら?」

「リハーサルですね。やってみます」


 ひかりはスッと席を立つと、一つ咳払いをしてから口を開いた。


「答辞。四季の移ろいの中、桜の蕾も膨らみ始め、早春の空気を肌で感じる季節を迎えた今日、家族や先生方、そしてこの学校へ通う皆様に支えられ、私たち五十四回生は卒業の日を迎えることができました。本日はお忙しい中、私たちのためにご臨席くださいまして感謝申し上げます」


 ひかりはまるで壇上に上がっているかのように、堂々と明朗な声を生徒会室に響かせた。

 伸びやかな声に丁寧な語り口調。身についた天性のカリスマ性が耳を傾ける三人を惹きつける。

 その声に聞き入っている間に、ひかりは答辞を終えた。


「お粗末さまでした」


 恥ずかし気にぺこりと一礼したひかりに、拍手をしつつ、三人は見とれてしまう。

 そしてハッと我に返ったゆきが、教師としての自分の役割を思い出したように口を開いた。


「よくできた立派な答辞でしたよ。時任さん」

「ありがとうございます」

「このままでもいいと思うけど、私個人としては、そう……」


 ゆきは、適切に表現できる語彙を、顎に指をあてて探している。


「そうね……折角だし、もっとやってって感じかな」

「えっと、それって具体的にどうゆう……」


 分かりにくいアドバイスに、ひかりがやや戸惑っていると、東山友梨がスッと手を挙げた。


「先生、私にも発言させてもらっていいですか?」

「ええ、どうぞ」


 東山友梨は席を立って、コホンと咳ばらいをしてから口を開いた。


「先生はこう言いたいんですよね。時任さんならもっと素晴らしいものにできるって」

「ええ、東山さんの言うとおりよ」


 何だか通じ合ってる? ゆきと東山友梨はひかりのことを、ほぼ同じ視点で見ているのかも知れない。


「私も先生と同意見です。時任さんの答辞は一般的な高校生のものと比較しても、とても完成度の高いものでした。でも……」


 東山友梨は少し言葉を選ぶように、そのあとを続けた。


「あのね、時任さん、私はこう思ったの。時任ひかりさんの言葉でなら、どう表現するのだろうって」


 ゆきは東山友梨の意見に共感したのか、しきりとうんうんと頷いている。


「私は学園の代表の答辞ではなく、時任ひかりさんの答辞が聞いてみたい。きっとみんなもそう思っている筈よ」


 熱い思いを語った東山友梨に、ゆきは全くの同意見だと全肯定した。


「時任さん、東山さんの言うとおりよ。あまり気負わず、時任さんの言葉で学園生活のフィナーレを飾って」

「先生まで……」


 ひかりはハードルが上がってしまったと感じたようで、少し悩まし気な顔で考えを巡らせている。


「悩むことなんかないでしょ」


 ゆきは、普段そうしているように、明るく生徒を励ます。


「あなたの傍にはいつも高木君がいるじゃない」


 ひかりにとって、それは最高のエールだった。

 そのひと言でまるで霧が晴れたように、ひかりは笑顔を輝かせた。


「はい。やってみます」


 ひかりの華やいだ笑顔を頂いて、誠司たち三人は「ハー」と、長くて熱いため息を吐いたのだった。

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