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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第一章 早春の日々
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第5話 心と絵画

 ひかりたちの陸上部の練習が終わって、中庭で合流したいつもの四人は、黄昏時を少し過ぎた並木道を、横並びになってゆっくりとバス停へと向かっていた。

 いつも他愛のない会話で盛り上がる四人だが、今日に限っては午後に思いがけず出くわした、美術室での島田のことが話題の中心だった。


「しかし、今日の時任の機転はマジですごかったな」


 勇磨が手放しでひかりを褒めると、ひかりはえへへと謙遜するような笑顔を見せた。


「奥の戸が開いて時任が走り込んできた時、いったい何が飛び込んできたのかすぐには理解できなかった。さすが幅跳びのエースだけはあるよな」


 やや興奮気味な勇磨に、同じく興奮を隠すことなく楓も続く。


「私もそう。まさかひかりがそこから飛び出してくると思ってなかった。ねえひかり、あの時の先生の顔見た? 大口開けて突っ立ってる姿、今思い出しても可笑しいんだけど」


 楓はまた思い出したのか、ケラケラと笑い声を上げた。


「残念ながら私は見てないの。まずはキャンバスの絵だったから」

「そっか、でも、よく気付かれず鍵を開けられたわね。奥の扉、鍵かかってたんでしょ?」

「ああ、あれね」


 ひかりは楓の質問に、分かり易く丁寧に答えた。


「あれは誠司君と示し合わせてたの。誠司君が手を二回たたいたのを覚えてる?」

「うん。私たちを止めに入った時だね」

「そう、あの時、事前にそっと差し込んでおいた鍵を、二回目の拍子の時に回したの。先生は誠司君のすぐ近くにいたから、鍵を回す音が聴こえなかったってわけ。あとは先生が気を抜いたタイミングで飛び込んだの」

「すごいじゃない。二人とも息ぴったりだね。こうゆう所が恋人同士なのよねー」


 恋人同士というキーワードに、並んで歩く誠司とひかりの頬が紅く染まる。

 ひかりは左側を歩く楓に気付かれないように、右隣に並んで歩く誠司の左手にそっと触れてみる。

 その合図に気付いた誠司の手が、ひかりの手を包み込む。

 頬の火照りを感じたひかりが、まだ明るい美しいグラデーションの空に、フウと息を吐くと、並んで歩く楓も真似して白い息を舞わせた。


「しかし、先生のやつ、どこまで誠ちゃんの真似する気だよ」


 楓の隣で、一番左端を歩く勇磨が、やや愚痴っぽくそう言った。

 唐突に言った勇磨の言葉は、ある意味的を射ているのかも知れない。


 光をまとう少女。


 そうタイトルを付けた一枚の油彩画を見た時の感動を、ひかりは一生忘れないだろう。

 それはかつてひかりを想い、一年以上をかけて誠司が描き切った傑作だった。

 その絵に込められた想いの深さが、ひかりに届いたことで、途切れかけた二人の絆を固く結び付けた。

 今こうして幸せな時間を過ごせているのは、あの絵があったから。そう言ったとしても言い過ぎではなかった。


「そうよね。そこは新の言うとおりかな。そりゃあ意中の清水先生が、ひかりと高木君の純情恋愛に憧れてるのは分かるけど、絵を描くのまで真似しなくてもいいと思うな」


 美術教師で誠司の担任の島田は、昨年の秋に赴任してきた清水ゆきと、いつの間にやら恋仲になっていた。

 教師同士の恋愛は職場環境的にややこしいらしいので、事情を知っている誠司たちは、そのことに関して沈黙を貫いていた。


「清水先生の気を惹きたいってのは分かるけど、先生が生徒の真似するのはどうかって俺は思うけどな」


 なんだか納得できていそうにない感じの勇磨に、誠司は少し目を細めた。


「本当にそうなのかな……」


 静かに口を開いた誠司に、三人は注目する。


「勇磨、俺には少し分かる気がするんだ。先生の気持ち」


 白い呼気を舞わせながら、誠司は頭の中を整理するかのように、ゆっくりと言葉にしていった。


「絵を描く者の端くれとして、こう想像してしまうんだ。きっと先生はどうしても描きたいものに出逢ってしまったんだと。理性では抑えられない衝動に突き動かされて、先生はあの絵を描かずにはいられなかったんじゃないかな」


 誠司の言葉にひかりはハッとなった。

 それは以前誠司から打ち明けられた、痛々しいほどの想いそのものだった。


「二年生の夏、俺はどうしても描かずにはいられない特別な輝きに出逢ってしまった……」


 誠司は並んで歩くひかりに目を向ける。ふと視線が交錯してしまい、ひかりはまた頬の火照りを感じてしまった。

 そして誠司は、ひかりを見つめたまま薄っすらと頬を紅く染めて、確信をしているかのようにこう言った。


「きっと先生も出逢ってしまった。そう思うんだ」


 自己の体験談を踏まえた誠司の言葉に、勇磨と楓は何も言い返さなかった。

 バス停が近づいて、四人はスロープに差し掛かる。その時ぽつりと勇磨が口を開いた。


「まあ出逢ったんなら仕方ねーか」

「そうね、そっとしておいてあげようよ」


 勇磨も楓も、誠司の言葉に共感してくれたようだ。

 ひかりは四人の気持ちがまとまったことを嬉しく感じ、こっそり握った誠司の手を握り直した。


「ね、誠司君、どんな絵になるんだろうね」

「うん、完成したら見てみたいな。先生の絵……」


 島田の絵を一番見たいと思っているのは、間違いなく誠司だろう。それだけの絆を、二人はこの三年間で築き上げたのだ。

 繋いだ手からそんな誠司の気持ちが伝わってきている気がして、ひかりは誠司の考えていそうなことを先に言ってみた。


「清水先生が見たあとで、だね」

「うん。そうだね」


 誠司は先に言われてしまったといった表情で、ひかりに笑いかけた。

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