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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第四章 新しい季節へ
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第6話 まさかの遭遇

 午前十時のコンビニエンスストア。

 やや腫れぼった瞼を無理やり開いて、宮本彩芽は運び込まれてきた商品を棚に並べていっていた。

 

「いらっしゃいませー」


 夕べは友達と調子に乗って飲み過ぎた。

 知り合いの少年にモールのバイトを代わってもらっていたので、本来ならば今日はゆっくり寝ていてもいい日だった。

 しかし、いつも夜だけ入っている掛け持ちでバイトをしているコンビニから、まさかのヘルプの電話が早朝に掛かって来るとは想定外だった。なんでも今世間で流行っている流感で、パートが一人、急遽シフトに入れなくなったらしい。

 気を付けているのに、つい欠伸が出てしまう。

 どうしようもないくらいぼんやりした頭で、彩芽は商品を棚に並べ終えた。


「いらっしゃいませー」


 気がつけばカウンターの前に坊主頭の後ろ姿があった。

 彩芽は急いでレジへと戻る。


「お待たせしましたー」


 笑顔を作って応対すると、坊主頭の少年はカウンター横のスチーマーを指さした。


「そこの肉まんを二つ」

「はい、肉まんをお二つですね」


 彩芽は肉まんを袋に詰めながら少年の様子を窺う。

 高校生? 多分誠司君と同じくらいだろう。それにしても何だか目つきの悪い少年だ。


 ん?


 それとなく客の観察をしていた彩芽の顔を、今度は少年が眉間にしわを寄せて凝視し始めた。

 彩芽は慌てて目を逸らす。


 何この子、私の顔、めっちゃ見てくるんだけど。

 そんなに顔色悪い? それとも年上のお姉さんに興味あるのか?


 得体の知れない少年の突き刺さるような視線を感じつつ、彩芽は肉まんを袋に詰め終えた。


 「ありがとうございましたー」


 特に何事もなかったが、坊主頭の少年は何故か彩芽をじーっと見続けてから肉まんを受け取って、コンビニを出て行った。


「どっかであったことのある人だったのかな……」


 全く記憶にない目つき鋭い坊主頭に、彩芽はただ首を捻った。


 コンビニを出た勇磨は、その足で誠司の家へと向かった。

 ひかりたちが卒業旅行へ行っている間、勇磨は誠司に相手をしてもらうと勝手に決めていた。

 しかし、誠司は何やら忙しいようで、今日もいきなり押しかけた勇磨は肩透かしを食らってしまったのだった。


「済まないね。誠司は出掛けてるよ」

「またですか。それで、どこに?」

「さあ、どこだろうね」


 行き先を告げず出掛けたらしい。

 信一郎に不在を告げられて、勇磨は一緒に食べようと買って来た肉まんの入った袋を持って、もと来た道を引き返した。

 それから勇磨は途中にある児童公園に立ち寄って、ブランコに尻を下ろして肉まんを頬張る。

 齧った肉まんに目を向けて、勇磨は少し険しい顔をした。


「そう言えば、さっきのコンビニにいた店員、どっかで見たような……」


 明るい色の巻き毛の女だった。雰囲気から察するに、恐らく大学生だろう。

 暫く記憶を辿ってみたものの、思い出せそうで思い出せない。

 歯痒さに苛立ちを覚えつつ、勇磨は何もすることのない時間を持て余す。


「暇なのは俺だけか?」


 よく考えてみると、卒業してからまあまあずっと暇だ。

 楓と一度デートしたけれど、他に何かした記憶はない。

 家でボーッとしているのも嫌いじゃないが、基本的に日曜は五月蠅い弟と妹がいるので、ゆっくり昼寝もできない。

 そして今日は、部屋を共有している弟が部活の連中を家に連れてきたので、退散せざるを得なかったのだった。

 誠司を当てにして、家でダラダラさせてもらう予定が潰れてしまった勇磨は、人どころか犬一匹いない公園で孤独を味わっていた。


「今頃、橘は時任たちと滅茶苦茶楽しんでるんだろうな……」


 もともと勇磨は誠司以外にそれほど親しい友人はいないので、楓が卒業旅行中は誰も誘う人はいないし誘われることも無い。


「それにしても誠ちゃんのやつ、いったい俺を放ってどこへ行ったんだ?」


 約束も何もしていなかったので、恨み言を言う筋合いではないのだが、勇磨は二つ目の肉まんを頬張りながら勝手に拗ねていた。


「昨日も遅かったみたいだし……でも時任がいないのに、なんで忙しいんだ?」


 難しいことを考えるのは苦手だが、どうも誠司の行動が引っ掛かる。

 この休みの間、自分と同じく暇だろうと勝手に思い込んでいた勇磨は、自分だけが暇であることに劣等感を感じていた。

 

「親父さんは知らないって言ってたけど、親友の俺より優先する用事ってなんだ?」


 肉まんを食べ終えた勇磨は、ブランコをこぎつつ想像してみる。


「時任のいないこの三日間は、誠ちゃんもきっとすることが無いはずだ。俺と同じくあんまし友達もいないから誘われることもない……いや、橘と時任みたいに部活の連中に誘われて打ち上げとかしてるかも知れんな」


 そして、ブランコをこぎながらブツブツ言っていた勇磨は、突然ひらめいた。


「そうだ、電話があったんだった。直接聞いてみよう」


 早速ブランコを止めて、ポケットに入れていた携帯で電話を掛けてみたが、何故か誠司が電話に出ることは無かった。


 適当に時間を潰して勇磨が家に戻ると、まだ弟の友達が部屋を占拠していた。

 さっさと帰れと一喝してやりたいところだが、そこは兄としてどうかと思い踏みとどまった。


「もういっぺん電話してみるか」


 掛けてみると、今度は一発で誠司に繋がった。


「やっと捉まった」

「勇磨か? どうした? なんか用か?」

「用ってほどのもんじゃないけど、遊びに行ったら留守だし。もう暇で暇で」

「あのなあ、いつも言ってるけど、いきなりじゃなくて約束してから来いよ」


 四時以降なら家にいると聞かされ、勇磨はもう一度出かけることにした。

 また足を運ぶことに面倒くささを覚えつつ出掛けたのは、部屋が使えないだけでなく楓との約束もあったからだった。


「橘に誠ちゃんの様子を見とくよう言われてたしな……」


 そして、勇磨はまた誠司の家へと向かったのだった。


 ようやく誠司に会えて今日一日やることが無かったことを散々愚痴った勇磨は、楓の言いつけどおり、誠司の今日の様子を訊いておいた。


「俺? ああ、ショッピングモールに行ってた」

「ああ、新生活の準備か」


 勝手にそう解釈した勇磨は、ブスッとした顔でまた不満を漏らす。


「そうゆう用事ならまず俺を誘ってくれよな。俺だって新生活に必要なもの、いくつか揃えたいって思ってたし」

「ああ、悪かったよ。そうだな、15日以降ならお前の買い物に付き合うよ」

「よし。約束な」


 何故15日以降なのか特に気にすることなく、勇磨は一つ予定が出来たことにちょっと満足した。

 炬燵に載っている蜜柑を食べつつ、誠司は勇磨に一つ確認をした。


「確認だけど、おまえ、俺の借りる家に住み着くんだったよな」

「ああ、よろしくな」

「因みに聞いとくけど、おまえ料理とか出来たりするのか?」

「料理かー、お好み焼きひっくり返すのは上手いぜ」


 誠司は蜜柑を口に入れながら顔をしかめた。

 別に酸っぱかったわけでは無さそうだ。


「分かった。料理は出来るだけ俺がする。それで、掃除とか洗濯とか、そういった家事はどうなんだ?」

「洗濯はしたことねーけど、掃除はたまにやるぜ」


 ちょっと自慢げに言った勇磨に、少し誠司の表情が明るくなる。


「おおそうか。意外と綺麗好きだってことか?」

「まあ、母ちゃんにどやされて、たまに片付けをしてるだけなんだけどな」

「そうか。一瞬でも期待した俺が馬鹿だったよ」


 そしてまたくだらない話をいっぱいしてから、勇磨は誠司の家を後にした。


「おおさぶっ。ずいぶん冷え込んできやがった」


 すっかり暗くなった住宅街を、ポケットに手を突っ込んだまま勇磨は歩いて行く。


「今日も橘に誠ちゃんのことを報告しないとな……ま、別に報告するほどのことなんて無いんだけど……」


 独り言を呟く勇磨の前に、人影が見えた。

 どうやら女のようだ。こちらへ歩いてくるその人影が街灯の下にさしかかった時、勇磨は顔をチラリと窺った。


 ん?


 どこか見覚えのある顔だった。

 そのまますれ違ってしばらく進んだ後、勇磨は足を止めた。

 そして振り返った。


「あいつは、まさか……」


 振り返った勇磨は急ぎ足で遠ざかっていく女の背中を、驚嘆した表情で目で追いかける。


「思い出した。あの巻き毛の女は……」


 そう呟いたあと、勇磨は踵を返して女のあとを追い始めた。

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