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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第一章 早春の日々
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第4話 様子のおかしい先生

 空き教室を探して校内を周っていた誠司たちは、美術室の前で脚を止めた。


「どうやら使っていなさそうだ」


 入り口の小窓から中を覗き込んだ誠司がそう言うと、四人とも顔を見合わせてクスクス笑いあった。


「なんだ。振出しに戻った感じか」


 陽気に戸を開けた勇磨に続いて四人は教室に入った。

 そして、誰もいないと思っていた美術室の奥に、人影があるのに気が付いた。


「ああっ!」


 叫んだのは楓だった。

 楓が指をさした教室の奥には、筆を片手にキャンバスに向かう美術教師、島田しまだの姿があった。


「な、なんだお前ら。授業中だろ」


 いきなり現れた生徒に飛び上がった島田は、やや声を裏返らせて教師っぽい言葉を吐いた。

 その狼狽うろたえっぷりに、誠司を除いたひかりたち三人は、各々笑い声をあげた。


「あれ? どうしたの誠司君?」


 可笑しさのあまり少し涙目になったひかりが、真顔のままの誠司を見てそう尋ねた。


「いや、その……」


 誠司が動揺しているのに、楓と勇磨も気が付いて、首を傾げる。


「どうしたの高木君?」

「なんだ誠ちゃん、真面目な顔して」


 楓と勇磨に訝しがられて、誠司は素直に思ったことを口にした。


「いや、その、先生がキャンバスに向かってるの、俺、初めて見たんだ……」

「え? そうなの? 美術教師なのに!?」


 言われてみれば島田が絵を描いている姿を誰も見たことがない。

 三年間美術部で島田を見て来た誠司がそう言うのなら、こうして筆を持ってキャンバスに向き合っている島田は、激レア中の激レアなのだろう。


「先生……いったい何を描いてるの……?」


 目に好奇心をいっぱい溜めて誠司が一歩踏み出すと、島田は両手を前に突き出してこう言った。


「近づくな!」


 はっきりとそう意思表示した島田は、絵の具のついた筆をかざして四人に近づいてきた。


「いいか、近づいたらべったり絵の具をお見舞いしてやるからな。服を汚されたくなかったらそのまま教室を出ていけ」


 とても教師の口から出て来た言葉とは思えない幼稚な脅迫を口にした島田に、生徒四人は呆れた顔で対峙する。


「なんだよ先生、そんなに下手くそな絵なのか? 笑わないから見せてみろよ」

「そうよ。美術教師のくせにいさぎ悪いわよ。いいから見せなさいよ」


 勇磨と楓はまるで御馳走にありついたかのように食い下がった。

 しつこい二人を島田は筆を片手に威嚇し続ける。


「誠司君、誠司君」


 三人で揉め始めてすぐに、ひかりが小声で呼んでいるのに気付いた誠司は、ひかりの口元に耳を近づける。


「……だからね……私が……」

「……うん、うん、わかった……」


 島田が勇磨と楓に気を取られている隙に、二人は示し合わせて行動に移した。


「みんな、先生に悪いよ。そろそろ教室に戻ろうよ」


 ひかりの発言に、島田は少し落ち着きを取り戻したのか、やっと振り上げていた筆を降ろした。


「そうだぞ、時任を見習ってお前らも教室に帰れ。シッシッ」

「シッシッてなによ。ひとを犬みたいに扱ってくれてさ」


 楓が不満顔で島田に詰め寄ったのを見計らい、ひかりと誠司は島田に気付かれないようアイコンタクトを取った。


「もう楓、私、先行ってるよ」


 呆れ顔でひかりは教室を出て行ってしまった。

 それでも楓と勇磨は島田にしつこく食い下がるのを止めようとしない。

 誠司は二人と島田の間に入って「ちょっと落ち着こう」と、火消し役に回った。


「なあ勇磨、橘さん、俺だって島田先生の描いている絵に興味は尽きないけど、他人に見せたくない作品だってあるんだ。俺だってあんまり自信のない絵を何度も先生に覗き見されて、けっこうイラっとさせられた経験があるし」

「俺が? ハハハ、記憶にないな」


 シレっとした顔ではぐらかした島田に、楓はカチンときたのか、さらに詰め寄った。


「は? なんだ先生やってんじゃないの。高木君のプライバシーにはズカズカ入って行くくせに、自分は勘弁しろって? 教師の風上にも置けない奴だわ」

「そうだそうだ。誠ちゃんのプライバシーにはズカズカ入っといて、勘弁しろだなんて、まったく教師の風上にも置けない奴だぜ」

「あんた、私とまったく同じこと言ってない? 気が散るから黙ってなさいよ」


 間の抜けた感じの勇磨に楓が文句を言ったタイミングで、誠司はパンパンと二回手を叩いてその場を落ち着かせた。


「とにかく、今は授業中なんだ。ひかりちゃんも教室に戻ったし、俺たちもそろそろ戻ろう」


 誠司の使った「授業中」というキーワードで、二人は渋々引き下がった。


「クッソ、先生憶えてろよ」

「また来るからね!」

「おまえらは二度とくんな」


 捨て台詞を残して教室をあとにしようとした時だった。

 ガラっと勢いよく教室の奥の戸が開いて、ひかりが猛ダッシュで教室に飛び込んできた。

 楓と勇磨に気を取られていた島田は、その疾風のようなひかりの動きに反応すらできなかった。

 ひかりは、タン! と足を鳴らしてキャンバスの前で急停止すると、そこに描かれてある絵に向き合った。


「これは……」


 大きく目を見開いたひかりに、島田は頭を抱えている。


「なに? どうしてひかりが教室に飛び込んできたわけ? あ、もしかして作戦だったの?」


 まだ何が起こったのか整理できていない楓に、誠司は種明かしをしておいた。


「うん。ひかりちゃんのアイデアなんだ。一旦先生を油断をさせておいて、俺の持ってる合鍵で奥側の戸を開けて絵を見てやろうって作戦だったんだ」

「なんだそうだったの」


 事のあらましを聞いた楓は、すっきりした顔で納得した。


「クソ……やられた」


 肩を落としたまま、島田はキャンバスの前のひかりに呆れたような顔を向けた。


「先生、もうひかりちゃんに見られたことだし、俺たちが見ても構わないよね」

「ああ、分かったよ。見ていけ。でも先に行っておくが口外禁止だからな」


 そしてひかりの隣でキャンバスに向き合った誠司は、ひかりが目を丸くしていた理由を知った。

 誠司は口元に僅かに笑みを作って、その絵の感想を島田に言っておいた。


「素敵な絵じゃないですか。先生がこんな絵を描けるなんて、知らなかったな」

「まあな。お前にそう言ってもらえて光栄だよ」


 四人が向き合ったキャンバス。そこにはまだ未完成の肖像画が描かれていた。


「これって、清水先生だよね」


 楓が言った一言に、島田は居心地悪げに無言で頷いた。

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