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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第一章 早春の日々
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第3話 自習の教室

 午後に入り、自習用に解放された三年二組の教室で、ひかりは誠司が普段座っている窓側の席に着いていた。

 誠司はというと、丁度欠席している隣の席に着いており、いま二人は並んで、やや緊張しつつ、言葉に尽くし難い幸福感を溢れさせていた。


「誠司君とおんなじクラスだ……」


 午後からの自習の時間に限り、他の生徒たちの邪魔にならなければクラスの移動が認められている。

 三組のひかりが二組の誠司のクラスに来て、こうして隣同士の時間を過ごすのは、登校する生徒が約半数程度に減ってきたこの時期、自習の妨げにならない限り特に問題の無いことだった。


 しかし……。


 始業のベルと同時に教室に入ってきた隣のクラスの美少女に、けだるげな午後の教室の空気が一変した。

 いきなり現れた少女漫画のヒロインに、ここにいる二組の男子全員が、露骨さを必死で隠しながらも、間違いなく注目してることに、誠司は気付いていた。

 そして、男子のみならず女子も関心があるのか、窓側に座るひかりの様子をチラチラと窺っている。


 ちょっと、高木君が邪魔で時任さんが見えないんだけど。


 女子たちの視線がそう言っているように感じた誠司だった。

 ひかりのいる教室に幸福感を覚えつつ、周囲の視線が刺さって来るいたたまれなさに挟まれた誠司は、軽く頭を振って気を取り直す。


「えーと、そろそろ始めようか」

「じゃあ誠司君、昨日私が作って来た答辞の原稿見てくれる?」

「うん。読ませてもらうね」


 プリントアウトした原稿を、ひかりから受け取り、誠司は目を通す。要点の良くまとまった文章だ。これをひかりが読み上げたなら、きっと素敵に違いない。

 最後まで読み終えて、誠司は素直な感想をひかりに伝えようとした。


「ひかりー、やっぱりここだったんだ」


 ガラと戸を開けて静かな教室に乱入してきたのは橘楓たちばなかえでだった。陽気を絵に描いた様な少女に生徒たちの視線が集まる。


「やかましい!」


 苛立った声を上げたのはクラス委員の宇佐見美鈴うさみみすずだった。


「あら? ウサミミ、このクラスだったの? 隣のクラスなのに全然知らなかった」

「存在感無くて悪かったな。自習中だっての。さっさと出てけ」

「いいじゃない。ひかりと私は一心同体なのよ。てことで、お邪魔しまーす」


 遠慮も何もなく教室に入ってきた楓は、挑発するかのように宇佐見美鈴の眼前を通って、ひかりの座る前の席にお尻を降ろした。

 そして、誠司の手にしている用紙に指を伸ばす。


「何見てんの? 高木君」

「ああ、これは……」


 説明するより先に、楓は誠司の手から原稿を抜き取って、目を通し始めた。


「成る程、これって答辞だよね。ひかりも大変だねー」

「ちょっと、楓、自習中よ。静かにして」


 ひかりは周囲の目を気にしながら、小さな声で楓を窘めた。


「へへへ、ゴメンゴメン」


 ペロリと舌を出した楓をウサミミが睨みつける。


「たちばなー、うるさい」


 誠司は前から気が付いていた。どうやら楓とウサミミはお互いに気に入らない者同士のようだ。

 つまり、宇佐見美鈴はひかりの熱狂的な信者で、いつもひかりの周りをちょろちょろしている橘楓を、目の上のタンコブめとイライラを募らせているのだ。


 では宇佐見さんにの眼に、俺はどう映っているのだろう。


 想像してみて少し怖くなった誠司だった。

 ひかりに注意されて楓が少しは大人しくなったタイミングで、もう一人の厄介な奴が教室の戸を開けた。


「おっ、やっぱりこっちに来てたのか」


 散髪したての見事な坊主頭で無遠慮に登場したのは新勇磨あらたゆうま。誠司の中学時代からの友人で、いわば腐れ縁ともいえる相棒だった。


「時任も橘も黙っていなくなりやがって、せいちゃんのとこに行くんなら声ぐらい掛けろよ」


 いま自習中であることをまるで念頭にいれず、勇磨はそうとはっきり分かるほど拗ねた感じで、つかつかと教室に入ってきた。

 勝手に仲間外れにされたと思い込んでいるようだ。


「また五月蠅いのが来やがった……」


 ウサミミは平然と前を通って行った坊主頭に、聞こえるようにそう言った。

 苛立つウサミミに、ひかりが申し訳なさげに手を合わせる。


「ごめんね宇佐見さん、騒がしくしてしまって。あの、私たち教室変えた方がいいかな……」

「いやいやいや、時任さんはなんにも悪くないからここにいて。どうぞ自由に好きなだけ教室を使って下さい」


 ウサミミはやや顔を赤らめて、慌ててひかりを引き止めた。

 そしてひかりから楓に目を移して、忌々し気にこう言い放った。


「たちばな、おまえのせいだからな。今すぐそこの坊主頭を連れて教室を出てけ」

「なによ、つんけんして。五月蠅いのはあんたの方じゃない」


 もともと仲の悪い二人は、いとも簡単に揉め始めた。

 あまり気は進まないものの、誠司は二人の間に入ってこの場の空気を収めようとした。


「まあ二人とも、他のみんなもいることだし、ここは穏便に……」


 仲裁に入った誠司に、宇佐見美鈴はムッとした顔を向ける。

 ひかりの崇拝者である彼女は、いつの間にか彼氏というポジションに納まっていた誠司のことを、普段から快く思っていなかった。


「高木君、言わせてもらうけど、君にも責任があるんだからね」

「俺も?」


 知らない間に一味に加えられている? 思わぬ火の粉が降りかかってきて、誠司は苦笑いを浮かべるしかない。


「連帯責任よ。そこの坊主の親友なんでしょ」

「えっと、困ったな……」


 そこに、すかさず楓が言い返す。


「何よあんた。高木君は関係ないじゃない」

「いいやあるね。あんたが気付いてないだけよ」

「高木君がひかりの彼氏だからって、妬んてんじゃないわよ」

「な、なに言ってんのよ。私はただ……」


 まだ何か言おうとしたウサミミの前で、ひかりは困った顔をして席を立った。


「ごめんね、宇佐見さん。やっぱりちょっと場所を変えて自習してくるね」

「え、時任さん、ちょっと待って」


 必至に引き止めようとしたウサミミに、ひかりは手を合わしてもう一度「ごめんなさい」と謝った。

 それから四人が出て行ったあとの教室で、宇佐見美鈴はなんだか少し泣きそうな顔になっていた。

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