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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第三章 卒業式
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第4話 誠太郎の思い付き

 思いつきで行動する誠太郎に振り回され、ひかりの前で大失態を晒してしまった誠司は暗い気分で帰路についた。

 荒らすだけ荒らして、結局あのあと誠太郎は先に帰ってしまった。

 狭い市バスの二人掛けの席で、気ままな祖父を恨みつつ、誠司は隣のひかりの様子を窺う。


「ごめんね。なんかおじいちゃんが迷惑かけて」


 流石に印象を悪くしてしまっただろうと覚悟していた誠司だったが、思いのほかひかりはいつもと変わらない様子だ。


「おじいちゃん、誠司君の学校での様子が見たかったんだって言ってたね。帰りに私を見かけたからって言ってたけど、気付いてくれたのがちょっと嬉しかった」


 なんという純真。

 これほどの悪材料を美的に解釈してくれていることに、誠司は感動すら覚えた。


「おじいちゃん、美術室に顔を出したんだよね。どうだった? 誠司君が絵を描いているところ見れて喜んでたんじゃない?」

「ハハハ、まあそうだね……」


 いいや、そうではない。誠太郎は誠司の元には顔を出してはいなかった。

 つまり、ひかりを観に学校までわざわざ足を運んだということだ。

 ひかりがプラス思考で受け取めてくれたおかげで、何とか祖父が変人であることは露見しないでやり過ごせた。

 確実に寿命は縮まったが、何とか印象を悪くせずに済んだと、誠司は安堵したのだが……。


「部活中で殆どお話しできなかったから、また改めてご挨拶に行かないと……」

「えっ! 来るの!?」

「え? だめ?」


 肩の触れ合う距離で、キョトンとした顔で見つめられた誠司の心音が速まる。

 こういった感じでけっこう頻繁に、ひかりは誠司の心臓を無意識に鷲掴みにしていた。


「も、勿論いいに決まってるよ……」

「じゃあ、明後日の土曜日はどうかな? おじいさまのご予定が空いていればだけど」

「多分暇だと思うけど、一応訊いとくね」


 これも誠太郎の計略だったのだろうか。

 さりげなくとはいかなかったが、自分が帰国していることをアピールする狙いで今日現れたのだとしたら、その試みは完璧に嵌ったといえるだろう。

 純真な笑顔を浮かべるひかりにうしろめたさを感じつつ、余計なことを口にしそうな祖父に、誠司は今から脅威を感じていた。



 そして翌日、誠司はまだ自分が甘かったことを知った。


「なあ誠司、じいちゃんな、またええこと思いついたんだ」


 祖父と父、そして孫。三代揃って朝ごはんを食べている時に、またいつもの誠太郎の口癖が飛び出して、誠司は眉をひそめた。

 嫌な予感しかしない。こういう感じで切り出した誠太郎は、ほぼ確実に周囲を巻き込んで騒動を起こす。


「あのさ、帰国したばかりだし、おじいちゃんもゆっくりしといたら?」

「ん? まだ何も言っとらんぞ」


 確かにそうだが、これからまたろくでもないことを言い出すに違いない。そしてこの祖父は、言動に対して行動を徹底する。誠司は自分が知らぬ間に祖父がもう動きだしているのを感じていた。

 向かいに座る信一郎は、茶碗の飯を頬張りながら、ややげっそりとした顔をしている。

 誠太郎は味噌汁の椀に口をつけたあと、その良い思いつきとやらを発表した。


「明日の土曜日に、ひかりさんが顔を見せに来るって言ってた件だがな、お前たちその日はデートじゃあないのか?」

「まあ、そうだけど。夕方くらいに家に来てもらうよ」


 どこか不気味にニヤついた誠太郎の顔を、誠司は訝し気に観察する。

 こういう顔をしたときの誠太郎は必ず何か面倒を起こすのだ。


「なあ誠司、そのデート俺もついて行っていいか?」


 目を輝かせてそう口にした誠太郎に、父と子はこれ以上に無いくらいの渋い顔をした。


「お言葉ですがお義父さん、高校生のデートに祖父が同伴するって、どう考えて無理があるでしょう」

「そう思うだろ。だがな、考えようによってはこれもアリなんだぜ」

「どうゆう意味ですか?」


 そして誠太郎は、さらに二人の顔を渋くする妙案を説明した。


「実は俺はテーマパークといったものに生まれてこのかた行ったことがないんだ。前から一度行ってみたいと思っていたんだが、年寄り一人で行くところでもないだろ。この機会に孫に連れて行ってもらいたいわけさ」

「いやお義父さん、別に誠司じゃなくってもいいでしょう。他の誰かと行けばいいじゃないですか」

「誰と行くんだ? まさかおまえと行くのか? 俺は御免だね、何が悲しくて義理の息子と、しかも、こんなごっついおっさんと二人でテーマパークに行かんといけんのだ。俺の残り少ない貴重な時間をドブに捨てろって言うのか?」


 軽くキレた。理不尽なもの言いではあったが、父と行きたくないことだけは誠司に伝わった。


「なあ誠司、連れてってくれたらデート代はみーんなじいちゃんが持ってやるからな」

「いや、それはありがたいけど、そうゆう問題じゃないってゆうか……」


 なおも渋る誠司に、誠太郎は不敵な笑いを浮かべつつ、ここで切り札を出してきた。


「なあ誠司、ひかりさんはきっとこう思うだろうなぁ。ああ、彼ってなんておじいちゃん思いの優しい人なんだろう。彼を選んで本当に良かった。ってな」

「まあ、ひかりちゃんならプラスに受けとってくれるだろうけど……」


 若干スキを見せた誠司に、誠太郎はさらにつけ入って来る。


「よし分かった。じゃあ、おじいちゃんが冥途の土産にテーマパークに行ってみたいと言ってるって、ひかりさんに伝えてくれ。それで駄目なら俺も諦める。それでいいだろ?」

「それは卑怯だよ………」


 純真無垢な彼女がそういった願いを無視できるはずがない。誠太郎はそのことを重々承知で決定権をひかりに委ねたのだ。


「ええ返事を期待してるよ」


 調子よくそう締めくくった誠太郎に、誠司は深く大きなため息で応えた。

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