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ひかりの恋 卒業  作者: ひなたひより
第一章 早春の日々
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第2話 お昼休みの二人

 二月に入ってからしばらくして、多くの高校がそうしているように、ひかりの通うこの学校も三年生は自由登校になっていた。

 午前中は授業があり、午後からは教室は自習室として開放される。

 登校しなくなった生徒がいる中で、スポーツ推薦による大学進学を早々に決めていたひかりと楓は、コンディションを維持すべく、自由登校になっても通常通り毎日登校していた。

 そして、秋口になってようやくひかりとステディな関係になった、いつもやや伏し目がちな少年も、美大の推薦入試に合格しているのに拘わらず、ひかりに合わせるように授業に出席していた。


「誠司君、お待たせ」


 昼休みに入ってしばらくして、美術室に息を弾ませて現れたひかりは、少年の心臓を射抜くような笑顔を今日も見せる。


「や、やあ、ハハハ」


 ハートを見事に射抜かれた少年、高木誠司たかぎせいじは、今日も恥ずかし気な笑顔をひかりに向ける。


「ごめんね。ちょっと後輩に捉まっちゃって。すぐに用意するね。あ、机、くっつけて待っててくれたんだね」

「うん。それだけなんだけど」


 昼食の時間、誠司とひかりはいつも示し合わせてこの美術室で一緒にお弁当を食べていた。

 昨年の夏に起こった、高校生を巻きこんだ市バスでの殺人未遂事件。

 その事件で右手に大怪我を負い、三本の指を動かすことの出来なくなった誠司のために、ひかりは毎日左手だけでも食べやすいお弁当をこしらえてくるのだ。

 ひかりは二人分のお弁当の入った手提げ鞄から、花柄模様の風呂敷に包んだ弁当箱を取り出す。


「今日はおさかなハンバーグなの。誠司君、好きだよね」

「うん。大好き。あの甘辛いソースが堪らなくって」

「あれはお母さんに教わったの。さ、どうぞ」


 勧められて蓋を開けると、フォークで食べやすいよう丁度いい大きさに握られた俵型のおむすびと、一口サイズに揃えられたおかずが綺麗に並んでいた。

 ひかりの愛情がギュッと詰まったお弁当は、今日も誠司の眼に眩しかった。


「いつもありがとう」

「いいの。私の楽しみなの」


 目に見えるわけでは無いが、なんとなく二人の周りにピンク色の靄がかかっているのは間違いない。

 水筒から湯気の立つお茶をカップに注ぐひかりは、本当に幸せそうだった。

 手を合わせて「いただきます」を言ってから、誠司はふんわりと仕上がった卵焼きを口に入れた。


「今日もすごく美味しいよ」

「そう言ってくれて嬉しい……」


 幸福感溢れる二人は口数少なくお弁当を食べながら、お互いに笑顔を向け合う。

 お弁当の食べ終わり際、誠司はフォークの先端にあるカットしたリンゴに目を向けながら、こう呟いた。


「こうしてずっと、お昼休みにひかりちゃんのお弁当を食べていたいな」


 ひかりと同じように誠司も春の兆しを感じ、もう僅かしかここで過ごせる時間が残っていないことを惜しんで、思わず口にしていた。


「私も誠司君とこうして一緒にお弁当を食べたい」


 ひかりは誠司に同じ気持ちであることを伝えて、湯気の立つカップに息を吹きかける。


「そうだ、ひかりちゃん、卒業生代表で答辞を指名されてたよね」

「そうなの。断り切れずに結局受けちゃって、今からちょっと緊張してるの」

「ひかりちゃんならきっと大丈夫。俺が保証するよ」


 ひかりが答辞の役に抜擢されたことについて、何故生徒会長ではなく彼女に白羽の矢が立ったのかと、誠司は最初、いささか疑問に思っていた。

 卒業式の答辞に関しては、三年の前期に引退した生徒会長が壇上に上がって行うのがこの学校の通例であった。

 確かにひかりは外見の美しさのみならず、誰をも一瞬で惹きつけるカリスマ性のようなものを身につけていた。

 しかし、それを加味したとしても、生徒会長を差し置いて大役を他の生徒が仰せつかるのは、やはり不自然なことだった。


「誠司君にそう言ってもらえるのは嬉しいけど、壇上で噛んじゃいそうでヤダなーって……」

「大丈夫だよ。生徒会長のお墨付きだし」


 誠司がそう言うと、ひかりは思い出し笑いを口元に浮かべた。

 何を隠そう、この人選は、生徒会長自身がひかりに頼み込んできた案件だったのだ。

 前期で引退した生徒会長、東山友梨ひがしやまゆりは一年生の時のひかりのクラスメートで、彼女は密かに、まるで少女漫画のヒロインのようなひかりに、ずっと憧れを抱いていたらしい。

 つまり、卒業式という大舞台で、壇上に上がるひかりの姿を最後に目に焼き付けたいと、彼女は切望したのだった。

 そして生徒会長自身がそう言っているのならと、生徒会からも先生たちからも何の異論も出ることなく、答辞の役をひかりに打診することに決まってしまった。

 最終的に教室に押しかけて来た東山友梨に「卒業式の答辞は時任さん以外にあり得ない」と、泣きつかれるように頼まれたひかりは、断り切れずにその役を受けたのだった。

 いささか迷惑な経緯ではあったものの、引き受けたからには、ひかりは全力を出す。

 誠司はそのことをよく知っていた。


「ご馳走様。本当に美味しかった」

「良かった」

 

 空になったお弁当箱を誠司から受け取り、ひかりは美術室の壁に掛けられている時計に目をやる。


「もうこんな時間」


 もうすぐ予鈴が鳴る。

 ひかりは食べ終わった二つのお弁当箱を仕舞い始めた。


「ね、誠司君」

「うん、なに?」


 ひかりははにかみながら、誠司の様子を窺うように小さなお願いをしてきた。


「午後からの自習の時間、作ってきた答辞の原稿を誠司君に見てもらいたいの。いいかな?」

「えっと、俺でいいのかな、答辞の内容に関して良いアドバイスなんて出来なさそうだけど」

「いいの。ね、お願い」


 真っ直ぐにこの少女に見つめられて「はい」以外の選択を出来るやつなどいるのだろうか。

 誠司はその可憐さに見とれながら「もちろん、俺で良ければ」と頷いた。

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